やっと本気で治療法研究始めたか

自分がどんなにこの11年苦痛を訴えても
見て見ぬふり・・・ 
気持ちの問題だ・・・などと
いろいろ言われた。 
分かっているくせに
治療法がないものだからか
うやむやな回答ばかり・・・
ここにきてやっと
医師ではなく
産総研?が
「人類最悪の痛み 」
という表現で治療法の
研究を始めたようだ。
これで多少は
自分の疼痛も理解が進むかもしれない
 

誰にも分からない

脳出血からもう11年生きている
そう障害者として11年生きている
皆、「僕が脳出血を起こした人」であるのは
皆、「僕が障害者である事」は

「当たり前の事」になっている。

でも僕は今でも「当たり前の事」なんかじゃない

発症当時は皆も「当たり前の事」
ではなかったのだろう。
優しい言葉をかけてくれた。
でも今は皆にとっては僕の障害は「日常」
記憶は風化しつつある。
それはある意味「日にち薬」としては
良い事なのだろう。

しかし何故かその事に空しさを感じる。

何故だろう。

本当の事なんて誰にも分からない

素晴らしい事をしたように「見える人」
極悪非道な事をして極悪人に「見える人」

でも、人間には人それぞれ事情ってものがあるもの。
その人の心の中に入ってみなければどんなに力を尽くしている「事実?」を
聞いても、調べても本当の事なんて誰にも、そしてきっと永遠に分かりゃしないと思う。
どんなにメディアが発達しても誰も何んにも分かっちゃいないし、分からない。
誰にも僕のこの苦悩は分からない。6年前、ここに書いて叫んだが本当の事は誰にも分からない。

恩を仇で返す

僕は彼女(元義母)がサラ金から2000万以上の借金をして、相続財産である彼女の実家を差押えられ自己破産さえできない可能性が高い状態から弁護士に必死の思いで協力し、自己破産させてあげたにも関わらず、その2年後(まだ金融機関と取引できない時期)に2000万もの別荘の購入契約にサインをして息子にその2000万の借金を払わせるという信じられない行動に出た。その息子は未だにまだ、700万近い借金が残っている。その彼女が今度は僕が脳出血で倒れたら、その責任は僕の親にあると言い出し、さまざまなお金を払わせるように仕向けた。信じられない!これが本当の恩を仇で返すと言うのであろう。

その僕の本当の苦悩の日々は半身不随の身でも悔しくて涙を出しながらここに綴ってある

男にとって家族が最も大切

男にとって大切なもの
それさ家族ではないだろうか
初婚であろうが再婚であろうが
家族ができた段階で男にとって
その家族はかけがえのないものとなり
守るべき対象なるのではなかろうか
そしてその家族を守ることが
男にとって生きる張り合いとなる
だからこそ、家族は男にとって
最も大切なものとなるであろう。

優しさ、善良さが人を傷つける事もあるのだ

優しさというものは全て相手にとっていわゆる癒しや助けにはならないと思う。

例えば、自分は障害者だけど、変に優しさという大義名分で 障害者でも自立しようとしているにも関わらず、助けてくれりすると

やっぱり自分は障害者で、できないと思われているのだと感じてしまい、余計に惨めな気持ちになり、助けてもらっているにもかかわらず、逆に腹立たしくなったりする。こんな気持ちは、例えば勝負で負けた者が勝った者から変な優しさを受けてしまうと惨めな気持ちになるのと同じではないか。おそらく健常者にはこんな気持ちは理解できないだろうけど、他人には入ってきて欲しくない領域に土足で踏み込んでいるようなものだ。

もちろん、いたわりの気持ちや善意や親切心でしてくれている優しさだと理解してるけど、ときには優しさは前述のように相手の気持ちを傷つけてしまうことがある事は理解して欲しいと思う。

人間思うように生きられない

思うがままにならない事を思うがままにしようとして人間は苦しむものだと思う。
人はときによっても、いつも自分の思うようには生きられない。
ときには、自分が望ましくないと思う事にさえ全力を尽くさなければならない事もあるものなのだろう。
それこそ生きる苦ではないだろうか