当たり前・・・苦しいのが当たり前・・一切皆苦

脳出血で障害者となって、もう8年になる。
障害者になった当初はこの半身不随という身体障害が
辛くて、これから本当にこんな体で生きていけるのだろうかと
本当に不安だった。
あれから8年、
今では左半身が不自由で、辛いのが当たり前
街を杖をついて歩いていても、
情けないと感じるのが当たり前
左手が使えなくて、
口を左手の代わりに使うのが当たり前
そして毎日が苦しいのが当たり前。
いつの間にか、そんなふうに半身不随で
苦しんでいるのが当たり前になってしまっている。
誰かが言った・・
いつかその障害を受け入れることができ、
慣れる日が来ると・・

慣れるって、どういうことだろう
もし、慣れるという意味が
障害による苦しみやつらさが無くなってくる
と言う意味であれば、それは今の僕とは違う。
苦しみも辛さも何も変わらない
ただ、その苦しみや辛さが毎日あることが
当たり前になっているだけだ・・
そんな風に当たり前になっているという状態だから
おそらく周囲の人も気がついていないのであろう
僕も今では辛いとか苦しいというようなことは
言わなくなった。


なぜなら、この8年間、この障害の体で生きてきて
他人に(たとえ身内であっても)
どんなにつらいとか苦しいとかいったところで
何にも理解しないということがわかったからだ。
それにしても、毎日つらいことだけは変わらない。
なんでこんなに辛い思いをしているのだろうと
思うこともある。

 

誰かが言った・・

生きることは苦である・・と

 

少なくとも、今の僕は
まさしく毎日が苦の連続である
いつになったらこの苦は終わるのだろう。


生きることは苦であると言うのだから
死ぬまで続くのだろう。


でも、もう苦しいとは誰にも言わなくなっている
だって、毎日が苦で埋め尽くされ、
それが当たり前なのだから・・

一切皆苦