障害者の障害を「個性」などと抜かすヤツがむかつく

以前にも書いたことのあるテーマだけど

ときどき障害者の障害を「個性」などと抜かす奴がいる。

以前、誰かに

「岡下さんのことを『障害者』だとは思っていません。個性だと思っています」

と言われたことがある

その人なりの私への心配りだったのだろう

でもね、

障害者の障害って、

「個性」などという美しい言葉で言えるほど

生ぬるいものでは無い!

はっきりと言う

障害が障害だ!

障害とは人が生きていくにあたって、明らかに障害である

それも大きな障害なのだ

「個性」などと抜かす奴は

何にもわかっちゃいない

障害なんてそんな甘いものじゃない

 

それで

ちょっとネットで調べたら、障害は個性というのは

どうやら大ベストセラーになった乙武さんの著書「五体不満足」が

その語源らしいことがわかった。

そこでもっとよく調べてみると、、

多くの方が「障害は個性」=乙武氏の言葉と

思っているらしいことも分かったのだけど

後のインタビューで乙武氏は、

「障害は個性などとは言っていない、この言葉が一人歩きしている」

と発言している。

28の

本の帯や宣伝文句に「障害を個性としてとらえ・・・」

といううな広告文があり、そのキャッチコピーによって

障害者本人である著者の乙武氏の

言葉として広まってしまったようなのだ。。

 

 

なるほど

ならば納得できる。

個性とは・・僕なりの解釈では

個性とは「自分らしさ」だと思っている

僕の「自分らしさ」

それはたぶん障害者になる前の自分に本当の「自分らしさ」があったように思う

僕の健常者の頃の「自分らしさ」

それは・・

水泳は得意で

キューバダイビングが大好きで

インストラクターのライセンスを持っており

海の中で水中写真を撮影するのが得意・・

そんな自分が 僕の「自分らしさ」であり、 「個性」だったように思う。

そして、ブラインドタッチができないにもかかわらず

タイピングがやたら早い・・という人のことも、僕の「個性」だったように思う。

 

そして今、その「自分らしさ」を発揮しようにもそれを邪魔しているのが

半身不随という正に障害なのだ!き

障害は「自分らしさ(個性?)」の表現さえもさせてくれない!

 

障害は断じて「個性」なんかではない!

そんな甘いものではない

本の帯や宣伝文句に「障害を個性としてとらえ・・・」とのような広告文を書いた

コピーライターは明らかに乙武氏の障害を

「美談」にしようとしているふしがあると感じるのだ

障害を負って生きるということは

決して「美談」になんかならない!

僕は断言したい!

障害者が主人公のドラマなどは、

どれも努力、克服、感動、涙、

それでも生きる的な脚色が加えられるため、

僕が見るとまったく感動しない

なぜなら

あまりにも嘘っぽくて現実を直視しているとは思えないからだ

障害者の本当の現実はテレビドラマなんかに

映し出されているような場面には存在しない!

例えば・・

汚い話だけど、

トイレの中・・

片手ではトイレットペーパーさえまともに切ることができない

片手で拭こうとしたときに

倒れそうになる・・

我ながらなんとも情けない・・


左手が使えなくなった今では

お茶漬けさえ食べることができない・・

だから食べない。。

情けなくなるから・・

そんな日常の些細な部分で

日々情けなく辛い思いをしているのだ。

そんな事はメディアなどでも

取り上げられない(誰にもわからない)ことなのだ

そこにこそ、

障害者の本当の辛い部分が存在するのだ。

といっても

健常者には何もわからないんだろうけどね。。

わからないなら、わからないでいい

変に美しい言葉を使って美談にしてしまい、

感動話にするのはやめてくれ!

もうたくさんだ!

現実は何~にもわかっちゃいないくせに!

そして、これが僕の現実・・・・

去年秋のもやもや病の手術時の僕の頭の中さ