感動ポルノ

昨日、日本テレビ24時間テレビに並行して、 

NHKEテレのバリバラで感動ポルノをテーマに

障害者が生出演して討論が行われていた。

 

障害者×感動』の方程式」生放送

 

僕も感動ポルノという言葉をこの放送で初めて知った。

感動ポルノとは、ご自身も障がいを持つジャーナリストの

ステラ・ヤング氏が作った造語で、

障害者を非障害者などが感動するための「モノ」

として扱うような行為のことを意味する言葉だそうです。

以下参照ください。


障害者は「感動ポルノ」として健常者に消費される

ステラ・ヤング氏によると

「手がない女の子が口にペンをくわえて絵を描く姿、

カーボンファイバーの義肢で走る子ども、

こうした姿を見たとき、

みなさんは

『自分は人生は最悪だけど、

下には下がいる。彼らよりはマシ』

だと思うでしょう。

私たちはこれを“感動ポルノ”と名付けました」

との事・・・


そういえば、実は僕にも思い当たる節がある。

このブログを書き始めて丸4年で、もう2200記事目になるけど

当初、障害者となってしまってから1、 2年

ひどく打ちのめされていた時期に

このブログを書いていたときに

気づいたことがある。


それはブログのタイトルに

「辛い」「苦しい」「死にたい」

などのネガティブな言葉を使った時に限って

アクセス数が増えるということに気がついていた。

これっておそらく僕自身が

いわゆる感動ポルノの対象に

なっていたのだろうと感じるのだ。

こんな言い方をすると失礼かもしれないけれど

人の不幸を見て、自分の幸せを感じる

というようなことではないのだろうか。

そもそも世の中のメディアのニュース自体

そのほとんどが「人の不幸」を扱っている。

 

かつて、故三宅久之氏も言っていたけど

「人の幸福なんてニュースなんかにならない

ニュースは人の不幸しか扱わない」と・・

 

なぜなら、

人が最も幸せを感じるときとは、

他人の不幸を見たときだそうだから・・

 

いわゆる

人の不幸は蜜の味

というやつだ。

 

そんなふうに考えると

結局、僕自身も感動ポルノの「道具」に

になっていたのかなぁって感じて

ちょっと悲しくなるなぁ・・