もしも・・・

2008年11月20日14時10分すぎ、

当時、僕は(1963年1月1日生れだから)45歳と11ヶ月14時間10分過ぎの年齢・・

僕はある有名なフットボールチーム Nリーグ

公式WEBサイトの制作の委託先である大手通信会社N社からのメールを確認した。

そのメールは当時制作中だったその公式ウェブサイトに関するクレームだった。


その内容を読んだ瞬間、そのクレームが理不尽に思え、

怒りで僕は頭に血が上った。

その瞬間、後頭部で何かが弾けるような感じがした、

と同時に、

後頭部に何か熱いものが流れた…

そのときう僕は「あ!血管が破れた! 」とわかった。

その瞬間、目の前の景色がぐるぐる回り始めた・・

デスクに座っていることもできなくなり、

椅子から崩れ落ちるように床に倒れた。

これが僕の人生が180度変わり、障害者として

生きることになる瞬間だった・・

救急隊が駆けつけ、

救急車の中で救急隊員が

「血圧 190 !」

「血圧 185 ! 」

「血圧 180 」

と徐々に血圧が下がっている事を示す声が叫んでいるのが聴こえて

少しホッとした気持ちになり、

僕はそのときつぶやくように

「もやもや病です」と

救急隊員に告げた。

今でも当時の状況ははっきりと覚えている。


今から考えると様々な医師の意見を聞いた限り、

この僕の脳出血の原因は、

もやもや病だけが原因ではないようだ。

当時の状況から考えて・・

様々な偶然ともいえるような要因が重なり合って

脳出血が起こったらしい。

それは

もやもや病という基礎疾患に加えて

当時のストレスから

異常なほどの高血圧症(当時、上が常時180mmHg程度あり,下が120mmHgだった)

になり、

さらに加えて脳出血の前夜に

取り引きをしていた銀行からの招待で

新しい取引先の紹介を受けるということで

懇親会のお誘いを受けて

大酒を飲んでしまったこと

という2つの要因が偶然にも重なりあって

脳出血として発症してしまったらしい。


医師によると

前日の深酒が原因で血液中の水分が蒸発してしまい

血液の粘度が高くなってしまい

それが原因で血栓が発生し、それが脳の毛細血管のどこかに詰まり

脳内血管内の圧力が高まり、

さらに基礎疾患であるもやもや病のために

人より非常に細い血管が存在することが仇になって

その細い血管が圧力に耐えきれずに破れたのだろう

という推測である。

もやもや病以外の2つの要因がなければ

僕は脳出血など起こしていなかったかもしれないのである。

僕は今でも健常者のままであり

好きな水泳もスキューバダイビングもやっていたかもしれないのである。

実際に脳内でもやもや病を発症していても

一生もやもや病であるということを

気付かないまま(出血発症などせずに)

癌や老衰などで死んでいく人もいるという。


僕の脳出血のもやもや病以外の2つの要因については・・



歴史に「もしも」はない

とは言われるけれど

人生にも「もしも」はないと思うけれど

自分の人生を振り返ってみれば

「もしもあの時こうだったら・・」

と感じることがいくつかある。



そもそも、もしも僕が柄にもなく

会社の社長などしていなかったら

ストレスによって

あのような高血圧にもなっていなかっただろうし、

銀行から懇親会などへ誘われることもなかっただろう。

などと思ってしまのだ。

もっと時間を巻き戻してみると

僕がIT系の会社などを起業するようなことになった事の発端は

もっとずっと昔のことになる。。

それは20代の頃になるのだけど、

当時勤めていた中堅クラスのコンサル会社を

退職していなければ、その後IT企業に就職することはなかっただろうし

そこから自分で起業することもなかっただろう。

というのも、今の家内に関係している。。

当時、好意を抱いていたある女性がいたのだけれど

様々な理由でその女性とは「パートナー」になる事は難しい

という状況があった。

そんな中で、僕はある人から今の家内を紹介してもらった。

当時の僕は男女の惚れた腫れたに関わっているような柄でもなかったので

(今の)家内を紹介してもらってから

2週間後には好意を抱いていた女性は諦め、

(今の)家内を 「パートナー」にすると

自分自身に対してコミットしていた。

そして今の家内が「パートナー」になるまでは

あっという間だった。

その後IT企業に就職して、

今の家内のパートナーとしての助言を受けて

起業をするに至ったのです。

「もしも」あの時、(今の)家内にコミットしていなければ

脳出血などしていなかったもしれないと思うこともある。

でも、後悔している訳では無い。

一切そんなことに後悔などしていない。

なぜなら、それらの決断は自分自身の選択であり

すべての決断は

自分に対しても「コミット」してきたという自負があるから・・



でも、ときどき思う、、

もしも、脳出血を起こしていなかったら・・・

今、どんな人生になっていたのだろう・・と


脳出血起こした当時の状況だけを考えたときには

脳出血起こしたからこそ、良かったと思う部分もある。

それは、当時、銀行から、無担保無保証で僕の企画に対して

数千万円のに融資を受けることができていたのだけど

それに対して僕は相当の負担を感じていた。

なぜなら、僕が立案した企画が

思うように進んでいなかったからである。

当時、このままでは数千万円の借り入れを返済することは

難しいという状況だった。

そのようなことも高血圧の要因となっていたと思う。

結局、脳出血起こしたことによって廃業(倒産)することになってしまったのだが

その倒産の原因はあくまでも「経営の失敗」ではなく、

脳出血という「事故」として扱われたため、

裁判所でも免責を簡単に受けることができ、

貸し付けをしていた銀行などの金融機関も

事故として扱ったため、

僕自身に大きな問題を起こすことがなかった。。

でも、もしあの時脳出血起こしていなかったら

僕の企画が失敗したことによって、 「倒産」していたかもしれない。

つまり、 「経営の失敗」を追求されていたかもしれないのだ。

そう考えると、

脳出血は「救いの手」だったのかもしれない。

などと思っている。



もっともっと時間を巻き戻すと

もし、今の家内に出会っていなければ、

IT起業などしていなかっただろうし

そもそも脳出血の原因になるようなことさえ

起こっていなかったのではいかとさえ

考えてしまい、

今ごろどんな人生を送っていたのだろうとも

考えてしまう。


でも、これから、どのような人生になっていこうとも

僕は脳出血起こし、半身不随という障害者になった

ということは

いろんな意味で、

僕にとっては「人生の宝」になると信じようと思う。

だから、障害者というのは考えた以上にひどく辛いものだけれども

脳出血後、様々な辛いことがたくさんあったけれども

自分の人生に「もしも」など考えないようにしようと思う。