桜井誠は「怒りの塊」になっている・・ だからこそ怖い

桜井誠は「怒りの塊」になっている

僕はある人から人間の「怒り」というものにについて

以下のような教えてもらったことがある。



まず、本当は怒りというものについて、

しっかりと理解できているいる人は、ほとんどいないのだということ・・・

よく世の中では、韓国などの対応に対して日本が怒るのは当たり前だ、

怒って何が悪い!

こんなことを言われて怒るのは当たり前だ、

怒らないなんて腰抜けだ

このような言葉を、僕たちは日ごろからよく耳にしています。

たとえ日本という国レベルでなくても、

普通の人々であっても、

日常生活において怒っている人の数を数えたら、

枚挙に暇が無いということを、、、


そう考えると、

皆さんの周りでもたくさんいるでしょう。

ものすごく、いろんな人に対して(教師や親や政府なのに対して)

酷い言葉でしゃべったり、悪態を聞いたりしている人たちが、、、

特に最近では、

怒るということが堂々とした態度だというような風潮まであると思います。

しかし怒りなどとという言葉は本来、

気軽に口にできる代物ではないということです。

実は「私は怒りました」などというのは

「私はバカです」と自分の吹聴して回る事と

同じようなことなのだということを、

「怒り」の本当の意味を知っていたならば、

そう簡単には口にはできないはずなのだということ、

逆に言えば「怒り」という言葉を

これだけ頻繁に耳にするという事は

多くの人が「怒り」ということに対して何も知らないということでもあるわけです。

「怒る」ということを実に簡単なのですが、

でも怒りっぱなしの人生はとても辛く苦しいものです。

楽しく気軽に幸せに生きていきたいという願望を持っていながらも、

それが一向に構わない理由は

スカイツリーが高いことにも腹が立つ」といったような感じで

人生のすべてががいわゆる「怒り漬け」になっているからなのだと言われました。

そして、このような怒りの感情がなぜ悪いのかというと、

それは人間の感情には「どんどん強くなる」 、という性質があると言うのです。

つまり、ある一瞬、ある感情「喜怒哀楽という感情」が芽生えると、

それは放っておくと「どんどん強くなってくる」というわけです。

簡単な例を示しますと「今日は退屈だ!退屈で、退屈で、嫌だ! 」

というような感情の時にも「怒り」という感情が心の中にはあるということですが、

でも、それは大した「怒り」怒りでは無いのかもしれません。

ところが、そのような小さな「怒り」であっても静電気などと同じように、

それが集まってくると雷という強烈なものすごい電圧の何でも破壊してしまうような

雷のようなものにに変わってしまうのと同じように、

どんどん強くなってくる傾向にあるのです。

たとえ、ほんの小さな誰にも影響のない「怒り」であったとしても、

そのようにどんどん強くなってしまうと非常に危険なのです。

そうなると、その強烈な怒りは自分自身が爆発してしまうが、

その怒りは雷のように他人まで破壊してしまう可能性があるわけです。

怒りが強烈に強くなってしまうと

自分に歯もじりじりと噛んでしまったり、

拳を握りしめてしまったり、

筋肉がに震えてきたりというような状態になってくるのです。

そのような状態が継続するとその怒りはなかなか消えなくて、

なんにしても何ヶ月でも一生でも続くのです。

そのような感情のこと「怨み」というそうです。

この「怒り」は「怨み」変化すると、

一生、その「怒り」は続いてしまうそうです。

これを聞いたときに、僕にもとても思い当たるふしがあるのです。

それは8年前脳出血によって半身不随という障害者になってしまったというとき、

酷く「辛く悲しい」といういわゆる暗い気持ちになったののです。

そして今から振り返ってみるとその心の奥底には

は障害者になってしまったことに対する

悲しみというよりも「怒り」に近い感情

のがあったのでしょう。

それは、考えれば考えるほど(本来考えなければよかったと今になって思うのですが)

「悲しい」と思っていた感情が、

いつの間にか何かに対して(それは人であった場合もあります)

に対する「怒り」変化していったと思うわけです。

それは今から当時の心の変化を考えて、

客観的に観察してみると今ではよくわかるのです。

その「怒り」は「こんな脳出血を起こしてしまったのは、

無理な仕事を押しつけた親会社の誰々のせいだ」 とか、

「無理な要求をするクライアントのせいだ」、

挙句の果てには「当時高血圧になり始めていた僕に対して

血圧を抑えるようなしっかりと食事を提供してくれなかった妻が悪い

などというような無茶な怒りにまで

変化していったことを思い出します。

こんなふうに自分の中の「悲しい感情」だけだったものが

他人に対する怒りに変化していったことが今から考えると自分でもよくわかります。

そしてその「自分で勝手に創造してしまった怒りの原因」のことを

考えれば考えるほど

自分の中にある「その人(クライアント?)そして 妻」に対する「怒り」

の感情は考えれば考えるほどどんどん果てしなく増幅していったのです。

そして、このようないわゆる暗い感情にによって幸福というものが失われた感情、

そして不幸を感じてしまう感情などがあまりにも強烈に変化してくると、

じっとしていられなくなるのです。

さらに強くなってくると日常生活の様々な行動の中で

いろいろなものを破壊していくのです。

これは僕の場合にも典型的に起こっていたのです。

左利きであった左半身の体力に自信のあった僕が

脳出血によって左半身が動かなくなってしまい、

人間としてごく当たり前の動きができなくなってしまった

自分に強烈な悲しみよりも怒りのようなものもを覚えてしまい、

それが原因で目の前にあるものを健常な右手で(杖などを使って)

叩いて壊してしまったことがよくあります。

そして挙げ句の果てには、その怒りはどんどん増幅してしまい、

杖をついて歩いているうちに、その杖が憎たらしくなって道路の側溝に

健常な右手で叩いて叩いて叩きまくり、鉄製の固い杖を曲げてしまったことを覚えています。

このような「小さな悲しみ」

理不尽などによる)ほんの小さな怒り」が自分の心の中で

何回も繰り返して考えることによって勝手に増幅していってしまい、

つ様々なものを破壊していってしまうのです。

そして真っ先に破壊してしまう対する対象は自分自身だったのです。

僕自身もそんな「怒りによって自分自身を破壊「いわゆる自殺」

をしようとしてしまったことがありました。

たとえ自殺などしなくても、自分自身のを破壊してから、

その後に他人まで破壊していってしまうものです。

つまり、世の中の破壊(戦争)の原因は「怒り」そのものでもあるというわけです。

というような教えていただいたことを、

僕自身が脳出血を起こして障害者になってからの人生を振り返ると、

とても実感してしまい、

なるほど「怒り」というのはとても恐ろしいものだということを悟ったというか理解して

そして実感できたと考えています。

こんなふうに「小さな怒り」が

前述のように人間の感情の特性として「どんどん勝手に強くなってしまう」

ということを少なくとも僕は実感している。


「怒る人ほど頭が悪い?」

そして、この世の中で怒る人ほど頭が悪い人はいないと言うわけです。

そんな事は無いでしょうと思う人もいるでしょうけれど

でもこれは本当のことであり、人間の本質でもあるのだということです。

でも実際、怒る人は本当に恥ずかしいほど頭が悪いというわけです。

つまり怒っている人はバカなのです。

よ~く考えてみてください

怒っているときの自分の心を実際にできるだけ客観的に観察してみてください。

そんな怒っていると自分には知恵の一つも出てこないし、

おそらく動物以下の状態でしょう。

知識や能力才能のある普通の人間になりたいのであれば

決して怒ってはいけないのです。

人間の心の感情というものは、波のようなもので、

いつでも浮いたり沈んだりしています。

これまでの人生を振り返ってみれば、

本当に頭が冴えてしっかりと物事を正確に把握して行動していた時は

決して怒ってはいなかったはずだということです。

まず怒るのは馬鹿のすることだという事だ

ということを自分に言い聞かせる事だということを

大切なことだと思うのです。


人間が起こるときには、

我々はその瞬間に「完全に最低なバカな人間)になってしまうということです。

怒れば怒るほど、我々人間は自分のバカそのものを

刺激してしまいどんどんバカになってしまうというのです。

それでは怒る回数が増えてくると、どんな風になるのでしょうか。

人間の心にはどんな人にも経験があると思いますが、

何かをある言葉を繰り返すと、

それを信じて心の中に植え付けてしまうという特性があります。

例えば「これは良い」「これは良い」「これは良い」「これは良い」「これは良い」

というような情報を何度も繰り返し心の中に入ってくると

全てが良いものだと決めつけるようになってしまうのです。

また逆にネガティブな情報で、

「あなたは頭が悪い」「あなたは頭が悪い」「あなたは頭が悪い」「あなたは頭が悪い」

というようなことを何度も聞かされてしまうと、

本当に自分は頭が悪いのではないか、と思い込んでしまい、

そして本当に頭が悪くなってしまうことが実際にはあるわけです。

これは「心の刷り込み」というものだそうです。

もっと簡単な例で言うと、例えば、 「私はたくさんの人の前でしゃべるのが苦手だ」

というようなことを何度も心の中で繰り返してしまうと、

たくさんの人の前でしゃべるとき、

本当に緊張してしまって喋れなくなってしまうものです。

このように人間の心というものは同じ事を繰り返して言い聞かせると

案外あっさりと本当にその通りになってしもうものであるということです。

これは怒りについても全く同じことが起こるのです。

怒る回数が増えれば増えるほど、

その人は「怒りそのもの」になってしまうということです。

それはもう人間ではなくなってしまい、「怒りの塊の肉の塊のお化け」

のようなものと同じになってしまうということです。

前置きがとっても長くなってしまいましたが、

これは僕が教えてもらった怒りというものに対する考え方です。

そう考えて桜井誠氏を客観的に観察してみると、

彼はもう既に「怒りの塊」になっているような気がするのです。

彼は当初は韓国人の理不尽に対して、冷静に論理的に考えていたのかもしれません。

でもその時点では、ほんの少し怒りという感情がよぎったのでしょう。

そしてそれを何度も繰り返して考えるようになってしまったのでしょう。


それこそがいつの間にか前述したような


「何回も怒りを繰り返してしまっている]

状態になったのではないかと思うわけです。

そして、現在ではいわゆる「怒りの塊」になってしまってるように思えてならないのです。

彼はヘイトスピーチなどしていないと言うけれど、

下記の動画で叫んでいる言葉を聞いてみると、どう考えても

汚い言葉で、(ヘイトスピーチという言葉を否定したとしても

罵倒というような言葉を繰り返しており

理路整然と問題点を指摘しているようには思えないでしょう。

<いわゆるヘイトスピーチ中の動画>


みんなスピーチをしている在特会ぬ人々

不公平な韓国人への優遇措置を「

「許せない」「許せない」「許せない」「許せない」「許せない」「許せない」

などと叫んでいます

彼らのなかには、もう「怒り」しかありません。そこには冷静で客観的に思考力は

失われているように思います

(本人たちはしっかりと思考していると錯覚していると思いますが)

そこには「怒り」という感情しかないと言うことを気づいていません。



<選挙戦の演説のスピーチ中の動画>




この演説でのスピーチは徐々に「怒り」に変わります。

動画の表題には「最強の神演説(新小岩)」等と書いていますが
(たぶん在特会のメンバーが投稿した動画なのでしょう)

神演説?

とてもそうは思えません。

怒りをぶちまけているだけで、

怒っているうちに論理も飛躍し偏り始めます。

僕は彼らの街頭での主張聞いて、決して間違っているとは思わないのですが、

でも、その彼らはスピーチをしながら徐々に怒りが怒りを呼び「怒りの塊」に

なっているようで非常に危険に感じるのです


彼は1人で演説するときは、

最初のうちは理路整然と話しているように見えるのですが、

その心の中には「非常に強い怒り」が存在しているため、

しゃべっているうちにその「怒り」は心の中で繰り返されてしまい、

「怒りそのもの」という怒りの塊になっていき、

最終的には汚い言葉で暴言を吐くようになってしまい、

無用に人の心を傷つけるようになってしまうのです。

そしてそれを彼自身は気づくことができなくなってしまっているように、

僕には思えるのです。

それはまるであのヒトラーに似ているのではないか、

と僕には思えるのです。

あのヒトラーも当時のドイツ経済の原因を、

ユダヤ人の「商売のしたたかさ(彼にとってはユダヤ人の搾取にみえたのでしょう)

書いている過程の中で自分の心の中でどんどん怒りとして繰り返してしまい、

最終的に「怒りの塊に」なってしまい、いわゆる化け物と化していってしまったのではないか、

そして、

結果としてユダヤ人の大虐殺という

凶行に出てしまったのではないかと僕には思えるのです。

そんなふうに考えて桜井誠氏をよくよく観察していると、

彼の論理自体は正当性があるように見えるけれど、

その中には強い怒りだけしか感じてこないのです。

それはもう憎しみとか、恨みというような段階になっているような気がしてならないのです。

だからこそ、危険だと僕には思えるのです。

さらに今のアメリカのトランプ大統領候補も同じな傾向が見えるのです。

彼もメキシコ国境からの不法移民がアメリカの利益を、

そして雇用を奪っていると主張しています。

それに関しても、彼はビジネスマンとして長い間(何度も何度も)ひどい目にあったが

(何度も何度も)怒ってしまった結果、

彼自身も「怒りの塊」となってしまっており、

それはもう前述の桜井誠氏と同じように

化け物と化しているように僕には思えるのです。

だから僕はとても危険だと感じています。


僕自身、障害者となってから、

当初悲しみという「暗い感情」何もできなくなってしまったという

「辛い感情」を毎日見る麻痺してしまった左半身を感じてみる都度に

繰り返してしまい、

それが怒りにかわり、

何度も何度も左半身を見るたびにその辛い感情を言葉で心の中で繰り返してしまい

、怒りの塊になってしまっていた時期があったと感じています。

そしてその時期は周りの人が本当に憎らしく感じ、

周りの人まで傷つけようとまでは思わなかったけれども、

自分自身に対して、いつの間にか強烈な怒りを感じてしまっていて、

自分自身を本当に殺そう「いわゆる自殺しようと」考えるようなことを実際に考え、

(今だから書くことが出来ますが)その手段を真剣に考えていたような時期があります。

だからこそ怒りの塊になってしまった人間は怖いと思うのです。

そして、その恐ろしい「怒り」が起こる最初は、

瞬間、瞬間に移り変わる人間の心の過程の中で、

ほんの一瞬よぎっただけの小さな小さな「怒り」から芽を出すから、

ほとんどの人は怒りが大きくなってしまったときに

なぜこんな「怒り」を持つようになってしまったのか

気付く事ができないと僕は感じ、

それこそが怖いと思う訳です。


悲しみや辛さのというような

「暗い感情」が、怒りに変わって強くなってしまうと、

いろいろなものを「破壊」してしまうと確かに感じるわけです。


そして、その「怒り」というものが

真っ先に破壊してしまうのは自分自身であり、

その破壊された自分自身は実際に

自分の正常な思考力を奪いとられてしまうと思うのです。そ

して、その正常な思考力を奪いとられてしまった自分自身が

次に破壊するのが他人ではないか、と感じます。

そんなふうに考えると、

戦争などの世界の破壊の原因は

人間の心の中の「怒り」と痛切に感じるのです。

イスラエルパレスチナの関係にしても

「憎しみの連鎖」というような言葉が使われていますが、

これも何千年という長期にわたって

お互いに何度も何度も「怒り」を感じ続け、

そして何度も何度も考え続けることによって、

その「怒り」がどんどん増幅していき「怒りの塊」に

膨張し続けた結果ではないかと思います

そのため、お互いに膨張しきった「怒りの塊」が

今更、誰にもどうしようもないほどに、

大きくなってしまっているのではないかと感じるのです。

振り返って

この極東の中国や韓国などの日本に対する攻撃も

当初はそれほど大きくなかった「怒り」がそれぞれの国民が

何回も何回も考えれば考えるために

その小さかった怒りが勝手にその本当の問題とは関係なくに

膨張して「怒り」がコントロールできないほどになり、

現在のような極端な反日という傾向になっているのではないかと

危惧するのです。

結局、東京都知事選は小池百合子氏の圧勝で終わったけれど、

万が一にも「怒りの塊と化していると思われる」桜井誠氏ような人が

当選するような事にでもなったら、僕ははとても怖いと思っていたのです

。やはり良識ある東京都民は(おそらく本能的に危険な人物を避けて)

適切な人物を当選させたと僕は思っているのです。

桜井誠氏の指摘している問題点をすべて否定している訳では無いけれど

でも、それによって桜井誠氏が、いわゆる「怒りの塊」になっていることが

もっとも恐ろしいことだと思うのです。