性本質説?

障害者になってからの僕は

よく、いわゆる考え方が右傾化したと、

ときどき言われる

確かに前記事のよう

憲法第9条なんて撤廃すべきだと思っているし、

日本は核武装すべきとも思っている。

それは右でも左でもなく

僕は中庸だと思っている


こんな風に言えるのは

たぶん、

脳出血という究極の生と死の境を経験し、

その後、障害者としてこれまで生きてきて、

「現実」を直視するようになったことが一因ではないかと思っている。

「人間」とは所詮動物であり、いつか老い、病にに倒れ、死ぬ

そんな当たり前のことが、

やっと自分の事として捉える事ができるようになった

この6年間の苦悩の結果、死への怖れもほとんどなくなったと思う。

僕が障害者になったっとき、

周囲の人たちはどういう行動に出たか

も目の当たりにしてきた。

今、僕は唯一信じる事ができるのは親子の絆だけ・・
(その親子の絆さえ最近の日本ではおかしくなってきているように思うけど・・)

夫婦なんて

血のつながりのない所詮はアカの他人・・

信じる方が愚かだとさえ思うようになってきた、

所詮は皆、わが身大切、保身に走る。

日頃、崇高なことを言っていたヤツに限って保身に走ると

そのギャップが大きく目立ったものだ。


それは

その人間が悪いのではなく、人間の本質に過ぎない


すべて人間が所詮は一哺乳類の動物の一種で、

いつか老い、病にに倒れ、死ぬと同様、

自己防衛本能があるから保身に走る・・

だけのこと

その人間が悪いのではない。

自然の摂理に従っているだけの話だ・・

それが現実・・・

人間が自然の摂理に逆らえないのが現実だとしたら、

弱肉強食という自然の摂理にもそう簡単には逆らえない。

人がこの地球上で、生きていくためには(或いは生き残るためには)

邪魔者は倒すしかない。

倒すか、倒されるか、

それが本来の人間の姿・・


それを自然の摂理に逆らって、押さえ込もうとするなら、

力や恐怖で押さえ込むしかない

そうでもしないと人間の本質である(本来的な欲望?)を抑えることはできない。

それはまるで新撰組>局中法度のような強い抑止力が

なければ抑えることはできない


その掟を破れば即切腹して死、、、

そういう強烈な恐怖の抑止力が隊員も規律を守らせた

現代世界なら核抑止力だろう。

それは何も

人間をいわゆる性悪説と考えているからではない

自然の摂理というリアリティ、

つまり人間の本質を考えるとそう思うのだ。

言ってみれば性本質説かな・・


ちょっと長くなるけど、

最近、世界的に女性が強くなってきている

それも生き物の本質に近づいている証拠ではないかと思うのだ。。

カマキリは交尾の後、メスは体の小さなオスを貪り食ってしまう

これは、オスの体を食べることで産卵に必要な栄養を蓄えるためである

これも生存本能がメスの方が強いという自然の摂理

そこには、

情も何もない、正しいも悪いもない

ただ、生き残るため。。。

そらだけのための行動なのだ。

今人類で女性が強くなりつつあるのは、

人類が生き物本来の姿に戻りつつある証拠?

のような気がするのは僕だけか?笑