「真剣」に生きる・・か

よく

俺(私)は、今真剣なんだ

という言葉を

僕も

健常者だったころ

何度か言った。

この「真剣」という言葉・・

今になって思うと

僕はそのとき

本当に「真剣」じゃなかったな・・

いや、「心底一所懸命」でさえ

なかったような気がする


あの松下幸之助さん語録にも

真剣とは

について書かれていたけど

真剣とは

竹刀でもなく

木刀でもなく

日本刀の真剣による

勝負のこと
であり

それは一瞬の気の緩みが

命に関わる
というような

状況のときのような

気構えのことであると・・

そう言われれば、

僕は日本刀を販売しているから

わかるけど

あの日本刀の切っ先を

相手から向けられたら

それこそ背筋が凍りそうなくらい

怖いと思う


shinken




そんな状況の

「一瞬の気の緩みも許されない気構え」

だったかどうかというと

決してそうではなかった。

そして今、


やっとそんな「真剣」とは言えないまでも

毎日「心底一所懸命」生きるようになれたと思う。


少なくとも脳出血で倒れるまでの45年のの人生

よりは倒れた後の、この6年の方がはるかに


毎日を「心底一所懸命」生きてきたと思う

それこそ

たかが歩くということさえ、

一歩一歩が一所懸命にならざるを得ない。

だって少しでも気を抜くと転倒しそうになるのだから・・

「上げた左脚は踵(かかと)着地!」

と唱えながら注意深く、左脚に注意も眼も向けて

歩いているのだから・・

(踵(かかと)着地しないと人はコケそうになるのだ・・苦笑)



健常者のときの45年を

せめて毎日これくらい

何事にも(一挙一動をも)「一所懸命」に生きてきたなら

もうちょっとマシな人間になっていたかも知れないのにな・・

今更言っても遅いか

それんな今でも

まだ毎日は「真剣」ではないと思う