今、この瞬間を精一杯生きる

昨夜、久しぶりに

未練がましい夢を見た・・


今更・・と言う感じだ


左手左脚の頑丈で健常で自由に動いている自分がそこにはいた。

でもそれは自分であって、

自分でない感じだった・・

まるで「故人」を思い出すように見ていた


もうこんな自分とは二度と会えないんだなという

感情が湧き、とてつもなくさみしい気持ちになって朝目が覚めた・・


まるで、親しかった近親者を亡くしたような気分だった。。


「とき」が解決してくれるということは

「忘れる」つまり、記憶が薄れるということだ

もし忘れることができなかったら

「とき」は何の解決にもならない・・


と誰かが言っていたことを思いだした。

僕が健常者でいた期間は生まれてから45年もの歳月のあいだ四肢とも健康だった


その(面影?)は僕の身体からそう簡単に消える(忘却できる)わけもない

まだ左半身が切断でもされて、存在しないのならまだしも


それどころか、傷ひとつなく見た目は健康そのものの(健常な頃と同じ)左半身が

目の前に存在している。。。忘れられるわけがない・・


まだ僕は過去に生きている部分がある・・

そんなこと夢みても、振り返ってもどうしようもないのに・・



人間って、過去に生きるのは辛い

それは過去が今の自分より、良かったら

尚更、感傷的になってしまう

でも未来に生きるのもしんどいだけのような気がするな


夢いっぱい、希望いっぱいの人生はかえって生きにくい

そんな気がする・・

僕ももう、50年人間を生きてきたけど、

大なり小なり、夢や希望を持って、

それがかなったことなんて、ほとんどないに等しいと思う。

人生、思い通りにいかないことばかりではないか


自分の思ったことの20%でも思い通りになれば恩の字だ。

と思う

それならば

夢いっぱい、希望いっぱいだと、そのほとんどの夢も希望も破れ

叶うことはない事になる。

つまりほとんどが挫折感ばり。。

小さい頃から考えても、

学校の試験、受験、就職、

仕事ので業績・・

何もかも思い通りになんて少ない。


だとしたら

未来に夢いっぱい、希望いっぱい持つよりも

今、この瞬間を精一杯生きて、

今、この瞬間を精一杯楽しむことをすればよい。


過去も未来も所詮は、人の心の中の事

そんな「今」存在しない

過去に縛られ、或いは

未来を憂いているよりも


今、この瞬間の


「目の前の現実」だけを

しっかりと見据えて、


「目の前の現実」だけを

精一杯頑張り、

「目の前の現実」だけを

精一杯楽しむことをした方が良いような気がする。


もう今、存在もしない過去や未来に振り回され、

心を乱すようなことをしても何の得にもならない


そう思う・・