挫折・失敗・裏切りに落胆する必要なし、むしろ宝である

挫折・失敗・裏切り、、等々は

心をネガティブにしてしまいがちだ

でも僕は最近思う。。

そんなことで落胆し、

心をネガティブにする必要など全くないと・・

挫折・失敗・裏切りに会ったことは、

こうすれば(或いはこうなれば)

挫折・失敗・裏切りにみまわれるのだという大きな発見ではないか

その発見は実体験だから、

何にも勝る知恵を獲得したことになるのではないか

例えば僕は脳出血により半身不随の障害者になったけど

そのおかげでこういった中途障害者がどんな苦しみを思っているのか

或いは社会からどういう扱われ方(仕打ち受ける)をするのか

初めて実体験として分かった

これこそ人生最大の発見である

例えばこのブログを書きはじめてから同じような障害者の方から

様々なメッセージをもらった、

その結果、障害者というものが如何に邪魔者(厄介者)扱いされ

最後には見放され、

(配偶者だけでなく、親兄弟からさえ)離縁されるという

事例が実は非常に多いということを知った

そのことで僕は東日本大震災

メディアがしきりに強調している

「絆」というものが如何に脆く、信頼できないものであるかを発見した

メディアの報道とは裏腹に被災者は震災の影響で

様々な人間関係の崩壊により、


「絆」などとほど程遠い

たくさんの(地域住民間はもちろん、親兄弟間でも)

様々な人間関係のトラブルが多発しているだろうこと


は容易に推測できる


だからと言って僕は悲しむこともない

ただ、「人間とはそういうものだ」と認識できたのだ

これは自然の摂理だとも思っている

とういのも人間も他の生き物と同様

自己保護(いわゆる保身)本能があり

それに準じて行動しているに過ぎないのだ

だから、「絆」なんてそういうものなのだと認識して生きれば良い

というだけなのだ

「絆」「愛」「友情」等々は

人間だけがこだわり、そして信じている(信じたい)と思っている

でも、「絆」「愛」「友情」なんて執着の原因でしかない

そんなものをに期待すると、そこに執着の心が生まれる


そしてその執着の心は

それが相反すると落胆や悲しみ、怒りや憎悪の原因となる

だから人間以外の他の生き物のように

「絆」「愛」「友情」なんていう「心」もなく

ただ淡々と生きて、そして死ぬ

それだけで良いじゃないか

それが一番の幸せなのだ。



だから挫折・失敗・裏切りに執着し

落胆する必要もない。

人間には知恵があるのだから

むしろ挫折・失敗・裏切りの原因を発見したことで

今後どうすれば挫折・失敗・裏切りに会わない対策

を考えることができるのだ

だから挫折・失敗・裏切りで落胆する必要もないし、

そういった経験はむしろ

(人間の心の本質を発見したという)宝であると思うのだ。

そう考えれば、落胆などせずに、

ただ淡々と粛々と生きていけると思う。

悲しみネガティブになる必要なんてひとつもない