苦あるから楽あり?

「苦あれば、楽あり」って言うけれど

障害者になってからというもの・・

特に最近思うんだけど

「苦があるから、楽あり」

じゃないかな

なんて感じている

つまり僕が言いたいのは


苦が無いと楽もない

苦を味わったからこそ、楽を感じることができる

極論すると

苦を味わないと楽は味わえない

のではないか

という感じの思っている

4年前、リハビリ病院から退院した当初の僕は

身体的にも、精神的にも苦で満ちていたように思う

ただでさえ身体が半分動かなくなり、

原因不明の身体的苦痛(痛みとも言えぬ、痺れともえぬ苦痛)
(当時はこの苦痛が視床痛[中枢性疼痛]というものだと知らなかった)

と身体的不自由に

で苦しんでいるのに、

そんな身体でも

会社の破産手続きやら

自己破産手続きやらをしなければならない

(破産手続きなんてただでさえ精神的苦痛を伴うのに・・)


おまけに加えて

僕が倒れたことが原因で起こった

信じがたい、家庭内や身内での諍いと揉め事・・

それは正に三十苦・・

そんな感じであらゆる苦で満ちていたように思う

何もかも失い、未来も真っ暗だった(と感じていた)

そんなときの自分に比べれば

今の自分は

まだまだ身体的には辛いけど・・

そえでも天と地ほどの差があるほど

今は「楽」だと思う

そんなことからも

あのときの地獄のような苦しみがあったからこそ

今の自分が「楽」で、天国のようにも思えるのではないか

幸福とかも同じで案外相対的なものかもしれない

幸福でないときがあったからこそ

「幸福が幸福だと感じる」

そんなもんじゃないかな・・


お金と同じで大金を手に入れたことに喜びを感じるのは

大金を持っていない(いなかった)からこそ喜びとして感じる

だけであって

アラブの大金持ちの家庭にいたら

その大金さえ「はした金」としか

感じれず、手に入れても喜びもない

身近な例で言うと、

会社から給与を上げてもらったときは

ありがたくて会社に感謝するけど

それも3年、4年経過すると

その給与額が当たり前になってしまい

いつのまにかありがたいと思わなくなり

逆にそのままだと

給与が上がらないという「不満」になってしまうもの・・


幸・不幸とか苦楽なんていうのも

そんな感じで苦の経験がなければ、

楽を楽と感じれない

人間なんてそんなものかもしれない・・

ある意味「幸福の追求」なんてし始めたら、

いつまでたっても幸福なんて感じる事はできない

なぜなら、そこには

「人間の欲望は無限大」

という宿命?があるからではないか・・

なんて思ってる

それにしても何もできなくなり、何もかも失ったと感じていた


あの自暴自棄だった時期を思うと

まぁよくここまで這いあがってこれたなぁと

我ながら、この4年間、よく頑張れたものだと思う

運も良かったと思う・・