因果律・・努力と結果・・・

この世の中すべての事象は因果律によって支配され

起こるべくして起こっている

と釈迦は言ってったという

昨夜NHKオンデマンドで見た

あのアインシュタインを超えるたと言われている

物理学者スティーブンホーキング氏の「神は存在するか」という

番組でも全く同じことを言っていた

因果律、この世に起こる全ての事象には原因がある

ということである

原因無くして何事も起こらない・・

その番組ではただ一つこれまでの物理学者を悩ませてきた

宇宙のはじまり・・いわゆるビッグバンのみが

「無」から宇宙が生まれる・・という「原因」が存在しないという

因果律に沿わない事象を説明するのに苦慮していたが

ティーブンホーキング氏は見事に

「無」から宇宙が生まれるという事象さえも

因果律に沿うということを論理的に証明してみせていたから

さすがに驚いた・・

あの目しか動かない身体で・・なぜそこまで物理法則(方程式)を

考察できるのか・・

結果・・スティーブンホーキング氏の答えは「神は存在しない」

であった。。

この世を支配しているのは、この世を創造したのも神ではなく、

因果律がこの世を創造し、支配しているという結論だった

2500年前の仏陀と同じ結論とは皮肉というか驚きである


余談がとてもとてもとても長くなってしまったけど


因果律といえば

僕は成果は努力の結果にしか生まれないと思う

努力という「原因」なしに「成果」を求めるのは甘いのは誰しも分かることだけど

ただ・・

努力の量 ≦ 成果の量だったら嬉しいけどと


ならないところが苦しい

苦しいというのは


僕の経験上・・ほとんどの人はそうなんだろうけど

今まで努力の量=成果の量だった試しはない


努力の量 ≦ 成果の量

だったら嬉しいけど

そんなことなんて絶対あり得ない


それどころか

ほとんどの場合

努力の量 ≧ 成果の量

でしなかったような気がする

せめて(作用・反作用などの力学などの)物理の法則のように

努力の量 ≦ 成果の量になって欲しいと思うけど

残念ながら・・

努力の量 ≧ 成果の量ばっかし

つまり

努力の割に報われない・・のだ

僕だって一生懸命会社を維持しようと努力した(無理した?)結果

報われるどころか

こんな身体になsってしまった・・

良く考えてみると

こうなったのも忠実に因果律に沿っているのだろう

僕にとっての努力ってつまり身体にとっては負担でしかない

だから脳血管に負担をかけるとい原因を作ってしまった結果

脳出血に至った・・

そう考えれば、ごく自然なことであり、

当たり前とえば当たり前のことじゃないか

でも人間って自分勝手なもので

自分の身体に負担をかけたことは棚にあげて、

「頑張った」ことだけを

ことさら取り上げて、努力が報われなかったなどと思ってしまう。。

なんと身勝手なんだ

冷静に考えると我ながらそう思う


「努力」「頑張った」なんて所詮はどの人の心の「思い込み」でしかないんだ

それは「自我」という厄介なものがあるがゆえにそうなるのだろう


「自我」というものが「客観性」を失わせ、


因果律という法則を無視させてしまう

その結果・・

「思ったような結果」が出ない

だから、自我は邪魔なんだと思う

自我があると「愛情」「こだわり」「思い入れ」というような客観性を失わせる

心の乱れを生む

そんなものがあるから

自分の思っている努力と結果が一致しない

のではないだろうか

それが以前の僕だったと思う

でも

脳出血により障害者になった結果

限りなくいろんなものを失ったことで

僕はいつのまにか自我を捨てたいと思うようになった

なぜなら自我あると辛いから・・

だから障害者になって以降・・・

限りなく自我を捨てるようにした

もちろん生身の人間だから

自我を完全に捨てることなんて不可能だけれど

少なくとも以前よりは自我を出さないようにしてきたつもり・・

そのために僕は、

辛いときや、悲しいときや怒りでいっぱいになったときや

自分が欲通しいと感じたときなど

いつも「無私無欲」と唱えるようにしてきた・・

そうすると不思議と

いくばくかでも冷静になれ、

客観性を持つことができるようになれる気がしたから・・

今の自分の障害を少しでも辛いと思わず

客観的に見つめるためにも・・


そうすると今までのような感覚で

努力に結果が伴わなくても

それほど辛いと思わずに

以前の僕よりはずっと

冷静に対処できているような気がしている

つまりあまり「結果を期待しない」でいられる感じがする

人間にとって「期待」こそが苦痛の最大の原因だと思う

「期待」するからこそ

「期待」通りにいかないとき

焦り

怒り

悲しみ

憎しみ

恨み

挙句

人を傷付けてさえしまう


身勝手な「期待」

さえなければそんなことは起こらないのだろう

「期待」なんて誠に身勝手まものであると思う

「人が思っている努力」の「結果」が

自然の因果律とは全く違うように・・


思うま書きつづったら

なんかえらく長くなりすぎたなぁ・・


今日の記事・・(-_-;)

文字校正なんてしてないから誤字脱字だらけなんだろうなぁ・・・