心を前向きにするために

前にも書いたけど、僕が心を前向きに生きるために唱える言葉・・・

どこで覚えたか、身につけたかもう定かではないけれど・・

初心に戻るためにもう一度書こう・・

その前にここ2、3日で新たに知った心を強くしてくれる言葉に出会ったので

それを先に書こう

以下だ

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Khong co viec gi kho,

難しいことは何もありません

Chi so long khong ben,

ただ挫けることを恐れなさい

Dao nui va lap bien,

山を切り開き海を埋め立てる

Quyet chi at lam nen.

強い意志が必ず実現させます。

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これはなんと

あのベトナムの革命家(故ホーチミン主席 1890~1969)の言葉だ

ホーチミンと言えば。共産主義扇動者、ソンミ村の虐殺・・等々悪いイメージしかなったけれど

こんな事を言っていたとは、、

あらためて見方が変わった

表面的な行動では人の心はわからないものだ・・





で話は元に戻して僕のために僕が唱える言葉・・



努力をした者が必ず成功するとは限らないが、成功した者はすべからく努力していた。

「努力」より先に「成功」が出るのは辞書の中だけ。

なぜ迷うか。地図がないからじゃない。無いのは目的地なんだ。

結果の無い自信は過信。

等身大の自分を認めること、つまりそれが自信。

あなたが無駄にすごした今日一日は、昨日死んだ人が生きたいと切実に願った一日。

生きているときに楽しかったら、死んだあとも楽しんじゃないかな。

高望みするな。他人を見下すな。


上を見ても下を見ても首を痛めるだけだ。

人生の分岐点で、どっちが幸せになるかではなく、

どっちで幸せになろうと考えろ。

諦めることはいつでもできる。

だけど諦めないことは今しかできない。


凡人は「明日からやる」と言う

少し賢い者は「今からやる」と言う。

だが、今からでも遅いのだ。賢人は昨日から始めている。



何事も成さないには人生はあまりに長いが、何事かを成すにはあまりに短すぎる。


生きるとは呼吸することではない。行動することだ。


努力する者は希望を語り、怠け者は不満を語る。


なぜベストを尽くさないのか

失敗は恥ずかしくないが、志が低いのは恥ずべき。

何が正しくって何が間違ってるかのかはわからないけど、

自分が正しいと思うことを貫くことは間違ってないと思う。


チャレンジした上での失敗を誰が嘲笑えようか。

約束された成功は、ただの作業である。

全てが失われようとも、まだ未来が残っている。


学べば学ぶほど、自分が何も知らなかった事に気づく

気づけば気づくほどまた学びたくなる。

間違いを犯す自由が含まれていないのであれば、自由は持つに値しない。

明日からがんばるんじゃない。今日をがんばり始めた者にのみ明日がくる

他人の幸福をうらやんではいけない。

なぜならあなたは、彼の密かな悲しみを知らないのだから。

勇敢な人間は自分自身のことは最後に考えるものである。

何をするかは問題ではなく、どんな風にするかが問題だ。

人生の大きな目的は知識ではなく行動にある。

いちいち人をうらやんだりするな。

その人と完全に同じ人生を送った者、つまりはその人自身にしか苦楽は分からない。

頭で理解できることに価値はない。

困難な情勢になってはじめて誰が敵か、誰が味方顔をしていたか、

そして誰が本当の味方だったかわかるものだ。

道を知っていることと実際に歩くことは違う。

友人の果たすべき役割は、間違っているときにも味方すること。

正しいときにはだれだって味方になってくれる。


人生は全て次の二つから成り立っている。

したいけど、できない。できるけど、したくない。


自分の考えたとおりに生きなければならない。

そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう。


道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である


私は私の意見を述べる。それがよい意見だからではなく、私自身の意見だからだ

思った通りの人生ではなかった。

しかし、よかったとなら言える人生だったかもしれない



私は常に学んでいる。墓石が私の卒業証書だ。

チャンスは貯蓄できない。


この世には、勝利よりも勝ち誇るに値する敗北がある。


人間死に方は選べないが、生き方は自由。




他人と比較して、他人が自分より優れていたとしても、それは恥ではない。

しかし、

去年の自分より今年の自分が優れていないのは立派な恥だ。