自問自答

僕は脳出血で障害者になってから、

ある時期以降、ほぼ毎日が自問自答の毎日だ・・

なぜ自問自答するのか

それは僕の中学時代からの親友に

久しぶり出会ったときに聞いた話がきっかけだ

彼は自衛隊のF15のパイロットを経て

今は民間のヘリコプター会社でヘリのパイロットをしている

その彼の同僚が墜落事故で脳挫傷で障害を負ったそうだ

その人が不運にも記憶及び認知障害を患ったらしいのだが

本人は自分がそういう障害あることに全く気付いていないという

周囲(第3者)から見れば明らかに「おかしい」と分かるという

でも本人は(身体に障害はなかったようなので)正常だと信じている

だから早く現場(パイロットとしてヘリを飛ばす事)に戻して欲しいと会社

にl懇願するが、判断能力が明らかにおかしいその人を現場に戻すことは

到底危険だから会社は許可できない。

そのことにその人は憤慨しているとと言う

周囲は周囲で本人にまだ脳機能がおかしく

記憶及び認知障害だと気付かせるには

どうすれば良いか悩んでいるという。

というより

気付かせて良いものかどうかも悩んでいるらしかった。

なぜなら、そんなことに気付いたら

本人は強烈なショックを受けることは明白だからだ

そんな話を聞いてからだ

僕自身が自問自答をし始めたのは・・


僕も本当に正常なのか????


脳の損傷によって

まだおかしな行動や言動或いは判断がありはしないか?


僕の自問自答はそんな自問自答である

健常者のときでも、

自分のしたことを他の人に評価されると

ほめられる場合もある

けなされる場合もある

冷たく無視される場合もある

過分の評価にびっくりするときもある

そしてうれしくなるときもあれば、

理解の乏しさに心を暗くするときもあった

でも大事なことは自分自分を

あらためて

できるだけ客観的に評価することだと思っていた


自分のしたこと

自分の判断などが

本当に正しかったかどうか

自問自答する

特に「失敗」したときなどにはよくしたものだ

でも

今の僕の自問自答は少し違う

脳の損傷という

もしかしたら

自分で自分を認知することさえできていない

かもしれない

そんな事を自分で評価しようとするのだ・・

これは正直恐怖でもある・・

たぶん分かってもらえないと思うけれど・・

脳を損傷するということは


「自分が自分でなくっている」可能性だってあるのだから

そんな自分を評価するためには

まずは自己否定からはじめなければない・・

「できていないのではないか?」

と自分を疑うことからスタートするのだ

それは

「もし、本当にできていなかったらどうしよう!」

という言いようのない恐怖が心の中に湧いてくるものだ

それでも僕は自問自答を続けなければならないと思っている

なぜなら

こんな自問自答を続けている限り、

重大な人間的過ちを

犯すことはしないだろうと思うから・・

まぁ人間、健常者だろうが、障害者だろうが

自問自答しなくなった時点でダメになるんだろうな・・

それは自惚れの始まりだと思うから・・