高次脳機能障害の恐怖

最近・・

僕の周囲で(僕の行動の言動や言動や判断が原因で)トラブルが起きている

自分に自信がなくなってきている


一番怖いのは

自分はもしかして高次脳機能障害ではないのか

ということだ

高次脳機能障害」とは脳卒中脳出血または脳梗塞の総称)や脳挫傷による脳の損傷によって
 引き起こされる以下のような病気だ

gooヘルスケア「高次脳機能障害をご存じですか?」から抜粋>

私たちの周辺には、怒りっぽい人、物覚えがよくない人、約束をしょっちゅうすっぽかす人などが時々います。しかし、この人たちは周囲から、「困った性格だ」などとため息をつかれはするでしょうが、病気とまでみなされることはほとんどないでしょう。
 ところが、「高次脳機能障害」という病気では、このような言動が「症状」の一部として見られます。ここで病気の人とそういう性格の人とを分けるのは、脳の損傷というアクシデントがあったかどうかという点です。厚生労働省によると、このような障害者が2004年の時点では、全国に約30万人いるとされています。

 高次脳機能障害とは、脳の一部が損傷されたために失語症(他人の言葉を理解できない、自分でうまく表現できない)、記憶障害(さっき言ったこと・言われたことを忘れるなど新しいことを覚えることが難しい)、注意障害(注意を向ける体力がなく、ものごとに集中できない)など、脳の高度で複雑な機能に障害が起こるものです。
 一見したところ、手足の運動機能障害のように明らかな変化として見えないために周囲からはわかりにくいのですが、今までには見られなかった上記のような症状が突然あらわれ、まるで性格が変わってしまったような反応が周囲の人たちを戸惑わせてしまうことがあります

 高次脳機能障害には、上にあげた以外に次のような症状があります。これらがすべてあらわれるわけではなく、脳のどの部分を損傷したかにより、症状は異なります。

・易(い)疲労性:急性期に多く見られ、精神的に疲れやすい。日中でも眠りやすく、起きていてもボーッとしている。
・発動性の低下:自ら動き出すエネルギーがわかず、ものごとを他人から言われないと始められない。
・脱抑制・易怒(いど)性:あとさきを考えず行動してしまう。いわゆるキレやすい。
・判断力の低下:ものごとを自分では決められない。
遂行機能障害:行動が行き当たりばったりで、計画して実行することができない。
・失行:手足は動くが、指示された動作や意図した行動がとれない。
・失認:身近なものの色や形、親しい人の顔が見分けられない、体を認識できない。
見当識の障害:時間と場所の感覚がない。
・病識の欠如:自分自身の障害が認識できず、障害がないかのような言動を見せる。


<--中略-->

外見からわかる明らかな障害によって日常生活や社会生活に困難が生じている人たちには、障害者福祉の制度による公的な支援が行われています。外見からはわかりにくく本人の自覚もない高次脳機能障害の存在が明らかになって、この人たちへの支援も必要ということから、国は平成16年に診断基準を定めて支援に乗り出しました。

 高次脳機能障害は、脳に何らかの損傷が生じたことが前提になりますから、それをCT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像)などの画像診断法や脳波などによって確認します。そのほかいくつかの項目を満たした場合に高次脳機能障害と診断されます。原因疾患の治療の過程で主治医が気づくことが多いようですが、ある程度時間がたってから診断を受けるときは、脳神経外科神経内科リハビリテーション科、精神科などのある病院に相談するとよいでしょう。

 かかった病院の診断書を添えて市町村の障害者福祉関係の窓口へ「障害者」の認定申請を提出し、各都道府県の審査を経て「障害者」と判定されると障害者手帳が発行されます。この場合、多くは「精神障害者保健福祉手帳」になります。手帳の交付を受けると、リハビリテーションや生活支援などさまざまな社会支援を受けることができます。

 また、国の支援策より以前に、自動車損害賠償責任保険自賠責保険)が損害賠償の対象としています。交通事故で高次脳機能障害になったと認定されると、自賠責保険から保険金が支払われることになっていて、この場合は国とは別の診断基準が用いられます。


以上のような病気だが


以前から僕はこの後遺症のことは知っている

そしてこれまで自分もこの高次脳機能障害ではないかという不安を常に抱いていきた


だからこそ、常日頃自分の行動や言動には少なくとも(自分なりに)慎重を期してきたつもりだ



でもここにきて

人間関係的なトラブルが2つ続いた・・

これは僕にとっては恐怖なのである。

自分で自分をキチンと認識できていないのではないかという恐怖

自分自身僕は元来せっかちな性格であり、こうと思ったら100年目

できるかできないか、そんなことは後回し!やってみなけりゃわからない

いちいち自分の能力の限界を自分で枠をはめ込んでしまったら進歩なんてありゃしない

健常者の頃からそんな考えで突っ走ってきた

だから失敗も多かった

一介の技術者だった人間が

いきなり、コンサルタント営業職業界にいきなり飛び込んだり、挙句、起業までした・

それが僕の生き方だと思っていた

でも今、その行動様式が脳出血を起こした事による

高次脳機能障害によるケアレスミスや対人配慮不足により)

周囲に迷惑をかけてしまっているのではないか

そんな危機感を抱きは秘め始めている、

いや、それは恐危機感というレベルでがなく恐怖に近いものである


それはあたかも、自分が自分でなくなくっていくのではないか

というような生きる絶望感のようなものである

そんな絶望感から、これからどうやって生きていけば良いのだろう

と怖くなる

それは単に仕事上のスキル(技術的な能力ではなく)人間社会の中で生きていく上で必要な

最低限の能力(人格や対人感受性や心情的理解力といったもの)が欠落しているという事を

意味するわけなので、人間社会の中で生きていく上で重大な欠陥だからだ・・

これが僕の今の高次脳機能障害の恐怖」である

まあ24時間痛みと痺れと不自由と体調の悪さで心理的にイライラしている事も

原因にもあるのだろけど、やっぱり「高次脳機能障害」ではないように祈りたい

高次脳機能障害」も見えない障害であり、ほとんど誰にも苦しみを理解してもらえず

助けることもできない障害であるから・・

だからこそ自分自身で克服するしかないのだ