今思うこと・・

いつだって本当の気持を話そうとすると、


それがいちばんむずかしくって厄介だってことがわかる


とてつもなく厄介なことだってな・・


夫婦の会話でも・・

仕事における上司との会話でも・・

病院での医者との会話でも・・


本当の気持を話し伝えるのが一番厄介だ・・




人はときによって、いつも自分が正しいからって、好むようには生きられない

ときには自分の望ましくないことにも全力を尽さなければならないことがあるものだ。

自己犠牲の覚悟を持ってすれば何事にも怒りも悲しみも憎しみも覚えない

なぜなら「自分を捨てる」ことができているから、

そこには自我は存在しなくなるから・・

どんな事にも動じず、冷静に対処することができる

人間が苦しみ、迷い動揺するのは

自我の存在と自己保護の本能があるから、

それを捨てることができれば、

怖いものはない

恐れることも

悲しむことも

憎むこともない

そして自暴自棄になることもない




人は調子のいいときは

自分のことしか考えないものだと思う。

自分に不運が回ってきて、

人にも世間にも捨てられ、

その日その日の苦労をするようになると、

はじめて他人のことも考え

見るもの聞くものが身にしみるようになる。

皮肉なもんだ






世の中には賢い人間と賢くない人間がいる

でも、賢い人間ばかりでも、世の中はうまくいかないと思う


ビジネスにおける競争にしても

損をする者がいるからそ、

得をする者があるんだし・・

そんなJ人の世の中をうまくまとめるには(回すためには)

ときには妥協も必要なんじゃないかな

妥協する側は悔しいかもしれないけど・・ね



踏み削られ、形を変え、しだいに小さくなってゆく

そんな岩がある

その岩のどうにもならない運命だ

どんなにもがいてもその枠からぬけ出ることはできない

人間にも同じような運命からぬけ出ることができず、

その存在を認められることもなく、

生き疲れたうえ、

誰にも知られずに死んでゆく者も少なくないだろう