良かれと思ってしたことで責められるのは辛いものだ・・

先日、食べるためにしている仕事上で、

ある資料クライアントに提出しなければならなかった

でもその資料、、

複数の書面にまたがり、そのままでは非常に見難いので

分かり易くするために一つの書面にまとめ整理してあげ

提出した

ところが・・

その整理した書類にミスがあったのだ・・

そのためにひどくクレームになり、

ひどく責められた上に、納期が遅いと叱られ、作り直し・・

何だか損した気分である・・

せっかく良かれと思って整理してあげたことが

仇になってしまった

仕事をしていると

こういうこともあるもんだ


こんなとき、落ちこんでいても始まらない

気持ちを前向きにするために

さっそくあらたな再生可能エネルギーの普及あアプローチ先への

「飛び込みメール」を書くことにして、頑張って書いた

書いているうちに落ち込んでいた事が

とても些細なことに思えてきて、気にならなくなってきた。。

以前能脳卒中後、脳の勉強をしていたとき

OCD(強迫性障害)の患者にはその原因を追究してはいけない

それよりも

全く関係のない楽しい、

もしくは希望の持てる事をするが方が良いと。。

なぜなら

脳には「使わなければ(機能を)失う」という原則があるからだという

逆に「使えば使うほど機能のシナプスは太くなる」という原則もあるからだという


つまりPTSDの患者、トラウマでもよい 

その原因を考えるということはその思考を「使う」ということになるのだ

つまり、原因を考えれば考えるほどその思考(OCDやトラウマになる思考)は

深まるばかりなのだという

だから、、

全く関係のない、楽しい、もしくは希望の持てる事をする

ということはその思考(OCDやトラウマになる思考)を

「使わない」ということになるのだ

ということは

「使わなければ(機能を)失う」

という脳の原則に当てはめると

その思考(OCDやトラウマになる思考)の回路が失われ、消えてしまうのだ

その通りだと今日は感じた。。

この考え方は最近のアメリカでの心療内科の考え方らしい・・


でも

「使わなければ(機能を)失う」

これは僕の左半身麻痺も「使わなければ(機能を)失う」ということだ

だからどんなに努力が報われなくてもリハビリを止めるわけにはいかない

なぜなら

使わなければ(機能を)完全に失い兼ねないから・・

悩ましい・・

仕事上で責められた事から飛躍して


いつのまにかこんな事を考えている僕も変だな・・