未だに自分の身体能力の予測できない・・一番歯がゆいのは自分・・苦

昨日、上京したとき

大手商社M社に訪問する際、

M社を紹介してくれた人と大手町のパレスホテルで落ち合うことにしていた

飛行機の羽田到着は14時15分で

パレスホテル行きリムジンバスがあるというので、

15時半なら充分だろうと思い、約束した


でも・・

なんと

飛行機から降りて・・

少し用を足してリムジンバス乗り場に着いたら

なんと15時過ぎ・・・

到着ロビーからなんと45分近くのかかったのだ

これではまるで亀かカタツムリだ・・

あおれでも精一杯で汗だくであった・・

もうこれは15時30分には間に合わない・・

仕方がないので電話して送ら遅らせてもらった・・

こんなことは

些細なことだことだけれども

こんなとき

5年も経過した未だ僕の中からは

健常者の頃の身体イメージが離れていない事に

気付くと同時に

とても情けなくなる・・


他にも

横断歩道用の信号が赤になる前に横断歩道が渡り切れるかどうか

わからないときが多々ある・・

そして

渡ってみると・・

右折、左折車を思いっきり待たせている自分に気付く・・

そんなとき

その右折、左折車の運転手はきっとイライラして歯がゆいだろうなと思いながら

それがわかりながら

ゆっくりとしか横断歩道を渡れない自分が歯がゆいのだ。

たぶん車を運転する人なら、

誰しも右折、左折しようとするときに

お年寄りが杖を突きながら、ゆっくりと渡るのを待ちながら

歯がゆい思いをした経験があると思う

でも

本当に最も歯がゆい思いをしているのはそのお年寄り本人なのだ

ということが

自分が障害者になってはじめてわかった・・・

頭で考えた(頭(思考)だけはこれまで通りにも関わらず・・)

イメージ通りに身体が動かないということ

それが老いるということであり、

障害を持つということだと

最近思うのだ。

若い頃のわたしなら・・こんな惨めでないのに・・

健常者の頃の俺なら・・こんな惨めでないのに・・


以前動いたにも関わらず、

今は思うがままにならぬ自らの身体を引きずりながら・・


そんな思いは「苦」以外の何物でもない・・