何のために・・誰のために・・生きる?


脳出血で障害者になって以降


僕はこれから何のために生きればよいのだろう・・

そんなことをさんざん考えてきた


それまでの生きる楽しみ・意義というようなものは

ほとんど全て失ったに等しい・・

好きなスキューバダイビングはおろか、泳ぐことさえままならない

歩くことさえままならないから

観光、旅行、スポーツというような楽しみは一切なくなった。

それはいくら財産やお金があったとしてもだ・・

以前のように仕事に生きがいを見つけることも難しくなった

こんな身体でページもうまくめくれないから、

紙の書類一つまともに読めない

フットワークよく活動もできない

運度能力は以前の20分の1ほどだと思う

だから仕事で成功してそれに意義を見出すことも難しい・・

それに絶えず襲ってくる激しい疼痛・・

これだけでも精神的に参ってしまう

こんな僕はこれからいったい何のために生きれば良いのだろう


そんな事を考えてきた・・

じゃあ誰かのため?

少なくとも自分のためではないと思う

「自分のため」なら

こんな苦しい身体で生きていたくなんかないというのが正直な気持ちだ


じゃあなぜ、今、お前は生きているのだ???

そこで気が付いたのは

「自分のため」や「何かの(なにかを達成する)ため」ではないということだ。


「誰かのために」生きたいのだと思う。


僕が生きていることによって「誰かのために」なっていると感じたい


決して自分のためではないと思う


だからこんな身体でも「役に立つ人間」でありたいと思うのだと思う。


それが、僕が生きることが「誰かのために」なっている証拠だから・・



そしてそこに僕が生き意義を見いだせるような気がするから・・


でも

これって突き詰めると

結局は自分のため(自分が生きる意義を持ちたいため)


なのかもしれない