もう嘆かない、悲しまない、怒らない、憎まない

生死をさまよい・・

生還したと思ったら・・

左半身の機能は失われ・・・

疼痛に苦しみ・・

会社は失い・・

親族間では揉め事だらけ・・

正直、苦しかった・・

本当に、本当に、、

嘆いた、恨んだ、憎んだ、悲しんだ

人を、病気を、自分の人生を・・

何もかも・・

何度も、何度も・・



でも僕はもう、

嘆かない、悲しまない、怒らない、

そして、

憎まない

病気を、

人を

そして、

痛みや痺れをも、、


だって

そんなものを

嘆いたって

悲しんだって

怒ったって

憎んだって


何も変わらないから、、

痛みも無くなるわけでもない

人との問題が解決できるわけでもない

逆に、嘆き、悲しみ、怒り、憎む心は

痛みや痺れを憎悪させるだけ、、






何の良い結果が出るわけでもない






嘆くのは

期待通りの「結果」が出ないから、、

こんなはずじなかったなんて「自分勝手な思い」があるだけののこと


たとえ、期待通りの結果が出た


「こんなはず」になっいたとしても

そんなものは

所詮「自分のモノ(所有物)」ではない

また、「喪失」の悲しみさえ

自分のモノ(所有物)を喪失したわけでは無い


なぜなら、この自分の命でさえ、

いつかは消滅する儚いものであり

決して自分の所有物なんかではなく

そもそもこの世に自分の所有物なんか

存在しないと思うから、、

そんなものに心を囚われ、

嘆き、悲しんだって

何の意味もなく、何の解決にもならない

自分を余計に苦しめるだけ、、、

嘆きや悲しみや怒りや憎しみは痛みや痺れを憎悪させるだけ

ということに(今頃)気付いたから


だから、、

僕はもう、もう嘆かない、悲しまない、怒らない、憎まない




そんな風になりたいと思うのだ



僕の心いつもこんな風に揺れている


少しでも痛みや痺れから開放され


心の平安を得たいから、、