徒労も訓練のうち?

今日、長嶋茂雄さんの国民栄誉賞の表彰式を観ていて思った。

脳卒中の麻痺の回復が如何に難しいものか、あらためて痛感した。

長嶋茂雄さんも脳梗塞を発症してからもう丸9年である。

先々月にも長嶋茂雄さんのリハビリの様子をテレビで放映していたけど

並大抵のリハビリではなかった・・

ある意味「長嶋さんらしい」いわゆるスパルタ式のリハビリであった

しかも一流のセラピストを付けて特注と思われるようなリハビリ用のマシン?を

使いリハビリをしていた

今日観た感想は

「それでもここまでか~」

というのが正直なところである

脳卒中後の麻痺のリハビリ、、

これほど「徒労」に感じる事はないと思う

いくらリハビリをしても成果はほんとんど感じる事はない

いわゆるスポーツでの「筋トレ」とは全く違う、

筋トレなら成果はすぐ(10日ほどあれば多少なりと変化は出てくる

筋肉痛がそれである
昔、身体を鍛えるために筋トレをして
翌日くらいに筋肉痛がきたら嬉しくなったものだ
筋肉痛=筋肉が鍛える事ができている証拠だからだ

でも、脳卒中後の麻痺のリハビリは全く違う

いくらやっても「成果」と言えるものは感じる事はできない

それもそのはず、、

脳卒中後の麻痺のリハビリは、訓練は手足の訓練だけれども、訓練している対象は実は手足ではない

損傷(死滅した)脳細胞の代替をすると推測されているこれまで活動していた脳細胞とは違う脳細胞を訓練するのだ

全く鍛えられている実感はない

訓練しても、訓練しても何も変化を感じる事はない。

長嶋さんだってあれほど運動神経の良かった方だ
巨人の有名な1000本ノックに耐えてきたほどの人だ

だからこそ、リハビリという訓練の成果の感じられない状況に歯痒く、悔しい思いをしてこられた事は容易に推測できる
そんな長嶋さんでさえ10年近く頑張ってこれて、今日のような状態だ

脳卒中による麻痺の回復が如何に難しいかを如実に示していたと感じた


僕にとってもこの4年半のリハビリは

見方によれば「徒労」としか思えない


実際、「こんな事は徒労ではないか」と感じるときは何度もあった

正直、諦めた方が楽だと何度も思った


でも、今僕はうまく言えないけど
この「徒労」こそが本当は僕にとって大切な事を教えてくれたような気もする

合理的な人や、頭の良い人は、特にビジネスの中ではこんな「徒労」は

「ムダな事」として嫌うと思う

でも、この「徒労」こそが僕の「心」を鍛えてくれたような気がする

今の時代には合わないかもしれない

本当の意味で(堪え忍ぶ)「忍耐力」とはどういうことかを教えられ

そしてそれを鍛えてくれたような気がする

そう思う事で

今も続けている週に一度の(成果が全く見えない)リハビリに通う事に

意義を見い出す事ができるような気がする



しかし、

僕の最大の悩みであり苦である疼痛と痺れ、

そしてその原因でもある「感覚障害」を多少なりと回復できる治療や

リハビリというものは無いものか、、、

痛みだけはどうにも正常な精神まで蝕まれそうで厄介である。。

これをも訓練(試練)のうちと考えるべきなのだろうか

そんなことはきっと死に際に分かる事なのだろうな・・