視床痛(中枢性疼痛)にしても、高次脳機能障害にしても研究に意味があるのだろうか

脳卒中後の視床痛(中枢性疼痛)の原因が判明したそうな・・

該当論文
Central poststroke pain: somatosensory abnormalities and the presence of associated myofascial pain syndrome.

脳卒中後の中枢性疼痛に他の種類の痛み

が含まれているかどうか、

特に筋筋膜性疼痛症候群の有無について調べてみたそうな。



脳卒中後の中枢性疼痛と診断された40人の患者について次のことがわかった。


・90%の患者は脳の梗塞箇所が1つだった。

・65%は発症後3ヶ月以内に疼痛が生じた。

・痛みの中央値は10(5-10の最大値)だった。

・脳の損傷箇所で痛みの強度は変わらなかった。

・85%は持続する痛みで、あとは間欠的だった。

・70%は焼け付くような痛みだった。

・主に、冷たい物に触れると痛みが生じていた。

・皆、温度感覚に異常があった。

・67.5%は筋筋膜性疼痛症候群と診断できた。

この研究の結果分かったこと

それは

脳卒中後の中枢性疼痛には筋筋膜性疼痛症候群が混ざっているかもしれないらしい

ということ

筋膜性疼痛症候群ってはじめて聞いた病名だけど

どっちも治療法が無いのに分類して意味はあるのだろうか

もう一つ・・

高次脳機能障害

昨日も書いたけど・・

高次脳機能障害の現状は以下の通り・・

高次脳機能障害の難しさ

実際に、高次脳機能障害の人々がどんなことで苦労しているか、どのように複雑なのかを実例を挙げながら紹介する。

高次脳機能障害と分かるまでの苦労
高次脳機能障害の大きな問題点に、発見までの遅れがある。受傷時の病院ですぐに「高次脳障害機能」という病名が出ず、「後遺症なし」と診断されて退院を余儀なくされるケースは未だに存在する。本調査でもCさん、Dさん、そして体験記の鈴木郷さんは自らが高次脳機能障害と分かるまでにそれぞれ時間がかかっている。高次脳機能障害についての知識を持っている病院がまだ少ないこと、社会的認知度が低いことが原因として挙げられるが、これは解決すべき重要な課題である。

●障害の認識
高次脳機能障害の人の大きな特徴として、彼らは自分の障害を認識するのに時間がかかる、という点がある。つまり、自分で自分が「高次脳機能障害者」であるということをなかなか理解できないということだ。身体障害、例えば足が不自由な人であれば「歩けない」という自分の障害に現実の不便から気づかざるをえない。しかし高次脳の場合は当初「自分が事故以前と何か違う」という漠然とした違和感から始まる。そして、多くの人が「死んでもおかしくなかったのに、奇跡的に助かった」という段階を経ているため、多少の違和感を最初ごまかしてしまうのである。「高次脳機能障害である」とはっきりと分かった後でも、イライラする、記憶が続かないなど内面的な症状が多い障害であるため、「これは障害のせいだ」と理解することが難しく本人は非常に苦悩してしまう。

●人によって例外もある
 Dさんは割とすぐに自分の障害を理解できたと言う。というのも、病院での検査を通してのことだった。ランダムに並んだ数字を順番に線で結んでいくようなテストを病院でやるうちに、健常者よりも何倍も時間がかかることが分かったのだ。日常生活に不便を感じていなかったDさんはその結果にショックを受けたそうだが、次第に「数字ではっきり表れている」ことに納得し、障害を理解するようになった。

●感情をコントロールできない
コミュニケーション上の大きな問題として、感情のコントロールができないという点がある。これも全員がそうというわけではないが、多くの高次脳機能障害者が抱える問題である。Dさんもいきなり機嫌が悪くなったり、怒鳴ったり、物を投げるようなことがたまにあるという。
 Aさんは「一段と子供っぽくなってすぐ親や周囲を頼る、些細なことで大声を出して暴れる、5歳の幼児と15歳の反抗期の子供と21歳の年齢相応のいっぱしの理屈を言う若者が同居している状態でした。」と受傷当時の息子さんを振り返る。以前の健康な状態や、症状が安定している時の本人とのギャップが、さらに周囲にショックを与えるのである。

●理解されにくい障害
高次脳機能障害は理解が非常に難しい病気である。外見では障害者と分からないこと、できることとできないことのギャップなどが原因である。例えばDさんはパソコンを扱うのが得意で、自分でブログを作ったり、一通りの操作をすることができるが、コンビニのオニギリを開けることができない。このような例を見ると、例えば職場でも「これができるならこれもできるだろう」という常識が通じなかったり、お互いにその相互理解が難しくなる。
障害の内容も人それぞれに違うため、高次脳機能障害の知識を持っている人でも、もちろん本人自身でさえも「全部はまだ理解できない」(Cさん)と語る。

何が理解を遅らせるか
 それは障害の複雑さにある。高次脳は脳のどこがダメージを受けたかによって症状が全く異なる。Cさんは高次脳と診断を受ける前に自分で図書館で調べて「自分は高次脳だ」と気づいていた。しかし、理解となると「全部は分かりません」と語る。自分でも自分の障害を全て理解するのが難しく、そして人によって症状が違いすぎて高次脳という病気を「こういう病気だ」と定義することは難しいのである。

●受け入れも難しい
 自分はそれほどひどくない、と当初たいていの人は思うようである。Bさんも当初家族会に誘 われたときに、「自分はこの人たちとは違う、こんなにひどくない」と言ってなかなか会に参 加しようとしなかったそうだ。


こんな事が分かっているらしいけど、有効な解決策はないらしい

研究の意味があるのだろうか

せめて理解者が増えるくらいのことだろう。。

それもきっと微々たるもの・・

世の中医学が発展したとはいえ、まだまだ未知で解決策の無い病気だらけだ・・

医者は何のためにあるのか・・

そして。医者はいったいどれだけの病気を根治できるのだろうか

と単純な疑問を持ってしまう・・

分かっていても解決策がない・・なんて・・

こんなことから・

人間は、所詮自然の脅威(病気だけでなく地震などの自然災害も含めて)には

本当に無力だとも感じるこの頃である