障害者としての生き方(人を動かす)

皮肉なものである。

脳卒中前までは、自分でいうのもはばかられるかもしれないけれど、

僕は結構「何でもできる」タイプだったと思う

それが脳卒中後、「何にもできない」人間になってしまった

以前なら自分でできたほとんどの事が自分ではできなくなってしまったのだ。

以前は「何でもできる」がゆえに人に任せることができず

何でもかんでも自分で抱え込んでしまうタイプだった。

それに人にお願いするのが苦手だった。

苦手というか、指示や依頼をしても思った通りの結果が出てこないので

自分がやった方がマシ・・という状態になり、ついつい自分がやってしまう・・

のだった

「人に頼む」事や「人に指示する」事は難しいと思っていた

キチンと説明したつもりでも相手はこちらの考えているように受け取っていないことが

多々あった。。。カーネギーの「人を動かす」ではないけれども

自分の周りの人間が自分の思い通りに動いてくれたらどんなに楽だろう・・なんていう事も

思っていた。

人に動いてもらうためには、「説得」しちゃいけない

少し頭の切れる人間は、頭がいいものだから、論理的にこの「説得」をしてしまう。。

(自分の論理で)説得したので相手も分かっているだろうと思っても、意外や意外

全然分かってもらえていないものだ。

論理的に「説得」したときに限って相手は「納得」していないものだ。

なぜなら、聞く側は論理的な話が故に、「うなずく」以外にないのだ

でも「どこか納得できない」と思っても、相手が切れ者で、論理的であればあるほど

その「納得できない事を論理的に聞く」ことさえできない場合が多々ある

そういうときに限って「聞く側」はうなずくしかないので、「言う側」も相手が理解できたと思い込んでしまう

ところがどっこい、実は聞く側は「納得」していないものだから、

その行動は思わぬ見当違いの行動になってしまう

そんなこんなで人に任せるのが苦手だった僕だけど

こんな身体になってしまった今、「人にお願いしなければならない事」だらけになってしまった

今こそ、人に任せ、「人を動かす」事を否が応でもを実践しなければならなくなった

それでも生まれつきの性分かついつい手を出そうとしてしまい、

動かない身体を無理やり動かすものだから、痛みや痺れだけが憎悪してしまい

何もできていいないという悲惨な結果になってしまう事が多々ある・・

今ほど自分の周りの人間が自分の思い通りに動いてくれたらどんなに楽だろうと思うことはない

これからは如何に気持ちよく僕の代わりに相手に動いて貰えるかを真剣に考えなければならない

でないと生きていけないという状態にもなりかねない・・

今のそんな状態・・

人生って皮肉だなぁ・・とつくづく思う