まだまだ煩悩だらけ・・

無手無足で生き抜いた

中村久子さん(1897年(明治30年)11月25日生まれ)という人がいることを僕は今日知った。

彼女は3歳のとき足の霜焼けが元で突発性脱疽という病気になり、

なんと両手両足を切断したそうだ。

その彼女はすぐに父親も亡くし、

食べていくために見世物小屋で見世物芸人「だるま娘」として見世物になった。

でも彼女は持ち前のたくましさで、料理から裁縫まで何でもできたそうだ。

更に結婚もして子供も産み立派に育てたという

その彼女は仏法を学んだ人たっだ。

彼女はヘレンケラーとも対面しており、

ヘレンケラーが来日して久子さんに会ったとき

久子さんの身体に触れて、ハッと気が付き

「私より苦労している人、そして偉大な人がいる」

と言って滂沱の涙を流して彼女を抱きしめたという。



その彼女にこんな逸話があることを僕は知った。

この久子さんの娘さん(富子さん)は寮生活をしながら

遠方の高校に通っていたそうです

(富子さんは手も足もないのに何でもできる母が自慢だったそうだ)



あるとき、母・久子さんが一人で高校まで様子を見に来たので、

富子さんはビックリしたそうです。

当時は汽車で20時間もかかるところだったからだ。

久子さんは一人だとトイレに行けませんでした。

「おトイレはどうしたの?」と

富子さんが母・久子さんにそっと聞くと

久子さんは

「おトイレに行かなくて済むように3日間飲み食いしてないのよ」

と笑ったそうです。。

そして、富子さんはそれを聞いて涙が止まらなかったそうです。

この逸話を知った僕も涙があふれそうになった。。

スゴイ!と感涙した


なぜなら、久子さん食欲さえも煩悩と捉え、

その煩悩(食欲)に打ち勝つことで

「トイレに行けなくて苦しむ」という苦悩から

自らを解き放ったのだと思ったからだ。


なぜ、そう思ったかというと・・

釈迦の仏教(原始仏教)によると

この世は全て因果則(因果律)に基づいて粛々と動いているだけ(諸行無常

そこに人間の(無理な欲望:永遠の命とか永遠の健康)という煩悩がはいると

そこに「苦」が生まれるという

つまり久子さんは「人間は食事をすれば、おトイレ行きたくなる」という

当たり前の因果則をもとに。「食事をしなければおトイレに行きたくならない」

と考えたわけだ。ところが普通の人間(一般的な人間)はそのことが分かっていても


食欲という欲求(煩悩)に負けて、おトイレに行けないのに、

結果としておトイレいくたくなり、「苦しみ」を味わうのだ

それを避けるために久子さんは自分の食欲という欲求(煩悩)さえも捨てたことにより

「苦しみ」を味わうことなく20時間の列車の旅ができたということになるのではないか



そう考えると僕なんてまだまだ欲求が多く、

煩悩だらけの人間だと感じてしまった・・