余 裕がほしい・・

余裕がない・・

精神的余裕が・・

それを痛切に感じた・・

僕は左半身が不自由だ

そのことでできないことがたくさんある

できないことは人に頼めばよい・・

それはわかる

でも・・

イザというとき自分ができるということが

心の余裕になる


例えば一昨年のような東日本大震災のような災害が起きたら・・

僕はたぶん逃げきれない・・

どの方向へ逃げれば良いか分かっていても・・だ

これが精神的余裕をなくする

そんなおお大きな災害でなくても・・

日常の仕事にでもそういうことはある

僕が今やっている仕事はある作業の管理業務

僕自身はこんな身体だからその作業はできない(両手作業だから)

仕事にはトラブルやミスはつきものだ

そういうイザというときに自分ができないということは

人を手配しなければならない・・

昨日もチョットしたクレームとミスがあった

大した問題ではなかったのだがクレームの場合対処は急を要する

実際(僕が両手さえ使えたら)5分程度で対処で切るレベルの問題だった・・


でも僕が片手しか使えないから、人の手配が必要になった

で・・手配しようとしたら、

運悪くスタッフが誰もすぐには行けないと言う

こういうとき、気持ちが焦るもんだ・・

自分ができさえすれば・・と悔しい思いと焦りの気持ちが交錯して

少し精神的パニックに陥った・・

行けないよいうスタッフに頼み込んで、何とか遅れてでも来てもらい解決はした。。

でも、こんなことくらいで・・焦る自分がなんだか情けなかった・・

イザというときに自分が代わってできるという事や

イザというときになんとかできるという自信が今の僕にはない・

だからだと思う、常時心に余裕がない・・

でもだからこそ、

障害者になってしまった今の僕は

何事にも、些細なことでも健常者の頃の10倍以上最悪の事態を想定して

行動計画を考えてから

行動しなければならないと痛感した・・



厄介だな・・やっぱり障害は・・

心の余裕までなくなる・・

いつも蜘蛛の糸のような上をギリギリを歩いている感じだ・・・