自分の心の拠り所は自分の心

人間の文明・・

一昨年の東日本大震災により、

人間の文明は人間を安楽にはできるけど

だからといって人間の文明が

世の苦しみを全て取りされるわけではないことを

見せつけられたと思う

所詮人間の文明なんて大自然の法則や力には

役に立たないものがたくさんある。

震災だってそうだ・・

病気にしても同じ・・

癌も一部は治癒できるものの

末期になると手も足も出ない

僕のような片麻痺だって同じ

いまのところ完治(完全回復)した事例はない

人間の文明をこうしてよく観察してみると

「文明の力」に頼った価値観で生きていくことは困難だと思う

では、人が生きていくうえで、

何を生き甲斐に生きていけば良いのか・・・

多くの宗教信者はなんらかの「神頼み」をするようだ

でも、「神頼み」で本当に救われるのだろうか

例えば「善行」をすれば「神に?霊に?」

救われるというような宗教も多々ある

でもこれも大きな矛盾が生じると思うのだ

あの東日本大震災で亡くなった何万人もの人が

すべて「善行」をしていなかったというのか?

逆説的には全ての人が

震災で死ななきゃならないほどの「悪行」をしていたというのか

それはおかしいのではないか

亡くなった人の中には人のために一生懸命だった人(善人?)
もたくさんいるはずだから・・

「震災」も自然の摂理
「人が病気になる」のも自然の摂理

しして「人の死」もまた自然の摂理
病気もこの世(大自然)の必然なのだ。

誰しも逃れることができない

文明がどんなに進化しても誰も逃れることはできない

だとしたら、、

そういう世の中であり、人間には病・災害・老いは絶対に避けられない

遅いか早いかだけのことである

という「正しい認識」を持った上で如何に前向きに生き甲斐を持って

生きるべきかは自分の心次第ではないか

自分以外の誰も(神も仏も霊も)自分の心を救ってはくれない

自分の心の拠り所は自分の心以外にはない



文明に救いを求め、文明や経済的成功に価値観を依存することでは

生きていけないのが人間なのではないかと思う


そう思うと、日本も含め今の先進国と言われる国々の文明なんて

な儚いものだと感じると同時に

本当に人類を幸せにするものだろうか

と疑問を感じざる得ない・・


自分の苦しみを救えるのは自分だけ

どんなに善行をしようと、祈り倒そうと苦しみは何も変わりはしない


自分の心(脳)以外に自分を救えるものはない