人を憎むのではなく、憎むべきは人の中に潜む煩悩

今、人を憎んでいる自分がたまらなく憎い・・

そんな自分がたまらなく怨めしい・・

この憎む気持ちを自分でもどうしてよいのかわからない・・

そんな自分が憎いのだ・・

人はなぜ人えお憎み、怨み、怒ってしまうのか・・

考えてみた

誰かの裏切りによって憎しみが発生し、苛まれる場合を想定してみよう

自分を害した憎い相手を許せるか

憎しみは自分に対する仕打ちよりも、

自分の愛する人や大切にする人に対して

酷い仕打ちをされた時の方が

憎しみの気持ちは極限にまで憎悪する・・

吐きそうである。。

このような憎悪という泥沼から

どのようにして抜け出すかは僕にとって重大な問題だ

一旦生じたら最後、

それは、突然、何の前触れもなく僕の心を占領し、何度でも心に黒雲を広がらせる

そして、「彼」の裏切りによって

自分達にもたらされた不幸を何度も何度も確認してしまうのだ

たいていのの場合は、どのような感情も時の経過と共に薄れまるけれど

ときによっては思い出すたびに増幅し、

遂には取り返しのつかない行為へと駆り立てる場合すらある

なぜこのような憎悪の気持ちが心の中に芽生えるのか

その原因を考えてみた・・

自分の憎悪は「彼の」裏切りによってもたらされたと認識するならば、

その第一原因は彼の裏切りにあり、

更には「彼」に裏切りという卑劣な行為をさせたのは

彼の心にある煩悩ではないのだろうか

人の煩悩とは生きる人間すべてが共有しているものであり、

煩悩によって善からぬことを「やらかしてしまう」のは

万人の宿命ではないだろうか

自分自身をふり返っれば、自分の得を優先して

結果的に誰かに損をさせたり、

自分の好みによる言動が

周囲の誰かを不快にさせたり

といった煩悩による悪業を積んでいることが多々あったと思う。

人が生きものである以上、

常に自分の命いのちを最優先しないではいられない

いわゆる自己防衛という本能を抱えているわけで、

それをどうにかして解消しようと努力しない限り、

我欲や防衛本能が煩悩となって現れ、

人を傷付けることを避けるのは

困難なのではないだろうか

つまり、「彼」の裏切りは、

万人の共有する「黒雲」が

たまたま「彼の」心を厚く覆い、

そのようにし向けただけのことではないだろうか



だとしたら

「彼」個人を相手に憎んだり復讐をすることは

問題の根本的な解決法ではないのではないか

裏切りという行為によって見せつけられた「彼」の心に潜む煩悩をこそ

相手にすべき「敵」であり、

更には、人を憎むという

自分自身の煩悩に

向かい合いことが重要なのではないだろうか


こんな風に考えていると・・

こんな風に思考を深めていくと・・・

不思議と「彼」個人の憎き面影は薄れていくのだ

さらに時間が経つと、

「彼」をあれほど卑屈にさせたものは何だったのだろう。彼も哀れな人間なのだ」

と考える余裕ができ、こうなればきっともう大丈夫なんだけど・・

そこまで自分の心を導くまでは本当に苦しい

相手も憎み、憎んでいる自分自身も憎みどうしようもなくなる

でも、考えを深めることで

憎しみや怨みの気持ちが薄れるということは

憎悪は単に自分がつくりだした

自分の心にしかない感情にすぎないだということなのだ

憎しみの本質的な原因とは、

決して相手のにあるのではないことに気付くのだ


だとすれば、裏切られた

自分にいかなる要因があったのか・・・・

よく検証しなければ

問題の根本的な解決は

自分が生きている限り永遠に不可能なのではないだろうか

しかし、相手の煩悩を解消させるのは事実上難しい;・・

不可能だと思う

なぜなら、それは「彼」の生き様そのものであり、

それまでの人生で培われた「彼」そのものであり、

それが現在の「彼」である所以でもあるからだ

自分の煩悩をどうするかは自分次第であることを考えても

自省こそが最大の解決策であると言わざるを得ないのではないか

相手を丸ごと認めていたか

相手への思いやりに欠けていなかったか

相手の気持ちの変化に自分は鈍感でなかったか

相手の長所を褒め、短所を密かに補おうとしていたか

こうっやって自分の愚かさ、至らなさに気づくことができれば

裏切りによってもたらされた憎しみや怨みという感情へ対処する

心の持ち方変わり、

地獄と感じていた


この「心の修羅場」も

貴重な修練の場に思えたりもする。

そして、こうやって考えを深めることで

自分の心の中の

憎悪という心をたった一つを滅ぼすだけですべての敵を滅ぼしたようなものである・・と思う

こうやって記事を書きながらでも

僕の考え深まっていき

いつのまにか

僕の心は「平穏」を取り戻している・・



やはり、

憎むべきは万人の心にある煩悩であり、

「彼」を覆い尽くしたその煩悩である

そして

闘うべき相手は自分の心の中に憎しみという

感情を作り出した心それも煩悩であると思う