幸せって何だっけ?

幸せってなんだっけ?

障害というものを背負ってしまい

人は何のために生きるのか?

いつも自問自答している

僕はは幸せとは人によって違うものだと思う

幸せなんて十人十色百者百様、

ある人にとって幸せであってもある人には幸せではない。

また逆にある人にとっては不幸せであっても、ある人にとっては充分幸せである

だから自分が幸せだと思えば、幸せなんだし、不幸せだとおもえば不幸せなんだと思う

これは人間が大昔から考えてきた難しいテーマだ

そしてその人の感じる幸せや不幸せは永遠には続かない

って事に気付くのが大事じゃないかな

例えば女性なら・・
「もっと綺麗になりたいのだけど・・・」

そう思って、いろいろやってみるけど、なんだか疲れたわ・・・

「いい会社に就職したい。」

そう思って、がんばって就職したけど、ひどい会社だった・・・

「バックがほしい。」

貯金をみんな降ろして買ったけど、飽きちゃった・・・

「彼氏がほしい。」

彼氏がいれば、きっと幸せのはず・・・

でも、いざ彼氏ができると ケンカばかりだし、ちっとも幸せじゃない。

「車、家がほしい、・・・とりあえずお金が欲しい。」

たぶん、車が手に入ったら しばらくはうれしくてドライブしたり、

車を洗ったりして楽しいでしょうが、

そのうち飽きてしまう

家も買ったけど・・・

欠陥住宅だとサイアクだし、雨漏りがするとか、

庭に草が生えたり、掃除もめんどうくさい。

いろいろ考えたけど、

お金さえあれば、何でもできるんじゃない?

とりあえず、お金がたくさんあれば 幸せ? ・・・という結論になりそうになる

はたしてお金持ちなら幸せなのだろうか?

お金があれば物を買うのに困らないし、

おいしいものを食べられるし、

リッチな旅行ができる、


いろんな支払いに困らない、・・・

お金持ちの良いところは、こんなもの・・・

でも、物があればいいってものではない

いらないガラクタが 増えるだけってこともある。

おいしいものはたまに食べるからおいしいと感じるのであって

を毎日食べられるとおいしいなんて思えなくなる

そんな美食ばかりしていると

今度はは健康が心配になる

糖尿病や高血圧になって、

なにも食べられなくなったら、

結局は貧乏と同じ・・

旅行ばかりして、

地球の中をあちこち見て回っても

それが何になるのか?

今はテレビで世界中を放送する時代

僕の息子なんてテレビで充分世界を見ることができている(体験はできないが)

実際、旅行は危険が多くて、行ってみると意外と疲れるだけ・・

幸せって何だっけ

僕は既に2500年前にお釈迦様が説いてらっしゃる

この世は「諸行無常」にヒントがあると考えます。

つまり、この世は常に移り変わりつつある。

一瞬たりとて同じ状態ではない。

すべてのモノや状態はどんどん変わっていく

つまり、お金を儲けたとしても、

お金は使うために稼ぐわけだから、使えばどん減っていく

高級自動車を購入したって、その自動車も日々古くなるし、飽きる、

そしていつかは壊れる

健康に幸せを求めたって、永遠に健康な人なんて居やしない

人間が生きている中で健康なときってほんの一瞬かもしれないし

いつかは(それは明日かも知れない)病気になる

そしてその病気によっていつかは死を迎える

そんな常に変わる状態やモノに幸せを求めてもあっという間に水の泡のように消えてしまう。

だから肉体やモノに幸せを求めようとしても、すぐに消えてしまうから幸せを感じることができない


だからやっぱり
今、この瞬間を「心が幸せと感じる」事ができれば、

それで良いんじゃないかと思う。

少なくとも僕は

今の私の身体の障害や経済状態に関係なく、

心が「感謝」できている時(瞬間)

或いは

誰かから「感謝」されていると感じる事ができている時(瞬間

が自分にとって幸せだと感じている

そう幸せなんて「瞬間のこと」にすぎない

この世は諸行無常だからそんな幸せなんて一瞬の事だと思う

その幸せと感じている「とき」って長い人生の中でほんの一瞬だと思う

でも、

次にはさっきよりもっと感謝できる自分になる

或いは

さっきよりもっと感謝される自分になる

そんな

日々心の成長を感じる事ができていれば

いつまでも幸せであり続けられるんじゃないかなって僕は思っている

だから、今、障害でどんなに苦しくても

明日にむけて一歩でも

「前進できている」(前進しないときなんていくらでもあるから)

ではなく、

「前進する努力ができている」

自分さえいれば、

いつまでも幸せでいられるような気がする

なせなら、そんな自分が一番好きになれるときだから、、

幸せってそんなもんかな・・

ほんの一瞬の幻のようなもの・・

そんな意味で僕が障害負ってからのこの4年間というもの・・

少なくとも僕の心は

以前、零細企業の社長ということに

ある意味胡坐をかいていたかもしれないちっぽけな心より

はるかに成長したと思う(残念ながら身体の麻痺の回復はほとんど無いけど)

そしてこの4年間は自分なりに

(ただ生きるためだけに)精いっぱいの努力の連続だったと思う


4年間も努力し続けることができた僕にとっては、

実はこの4年間がこれまで生きてきたの中で

最高に「幸せ」だったのかもしれない