一蓮托生かぁ

俺とお前は一蓮托生だ!

なんて最高の人間関係であり、尊い「絆」だと思う


でも実際のところ

俺とお前は一蓮托生だ!なんて言う奴に限って

イザというときには逃げる

それに

イザということには力になるよ


なんてなんて言う奴に限って

イザというときには逃げる

なざなら葉隠武士道でも言けど、

イザとは「今この瞬間の事」だからである


それどころか

そう言う奴に限って相手には一蓮托生を求めているけれど

自分は何もしない

最近の世の中、

親子でさえ一蓮托生であり続ける親子って少ないと思う


実際に僕の身の回りにそういうのが二人もいる

一つは取引先の厄介なおっさん

いつも俺たちは一蓮托生だみたいなことを言っているくせに

キチンと支払いさえしない

それどころか

自分の欲のために

自分の子を保証人にまでして借金するから始末が悪い

そしてイザとなったら逃げる

僕は何もひねくれているわけじゃないけれど

僕はある意味仕方のないことだと思う

なぜなら、人間には自己防衛本能ってヤツがあるから・・

最近、僕はなんか人の「心の裏」が透けて見えるような気がするんだ


それは何も超能力とかいうようなものじゃなくって

障害を負って以降というもの

人の言動と行動の「不一致感」にとても敏感になったような気がする

それは大きな身体能力を失った分、

別の能力というか感覚が過敏になった感じだ・・

自閉症の子が

実はとても繊細な心の持ち主であるのと同じような感じかもしれない

見たくないものが見えてしまうから、見ようとせず時分の殻に閉じこもるような・・

実際、この世の中、偉そうに能書きをのたまう人に限って何も行動はできない

この世の中を本当に支えているのは、日頃何も言わず、黙々とひたすら頑張っている

文句を言おうとしても言葉が出ない・・・

そんな人たちが「縁の下の力持ち」として

僕らを支えてくれているんじゃないかな


あのアメリカだって

20%の裕福層が国の富の80%を独占していると言われている

その20%の裕福層は雄弁ではあるが、自分は汚れようとしない


本当は貧困層と言われる日雇い労働しかないような人たちが国を支えているんだ

そういう汚れ役がいなきゃ、ビルだって立たないし、道路だってできないんだし

富裕層の持つベンツだって走れないんだ。。


僕の両親はどっちも中卒だ


いわゆる学が無いったやつで口下手だ

だから言い訳っていうやつをうまくできない

だからいつも何を言われても

口答えすることもなく堪えてばっかりだった・・・

と思う

親父は縫製屋だったけど

中学を出てすぐに丁稚奉公に入った先の大将(社長)にこき使われてきた

一生懸命に言われた事をただ真面目にやってきたタイプだ

当然?大成はしなかった

小さな縫製工場のおやじだった


僕が子供の頃、親父はいつも軽四のダイハツハイゼットで近くの内職周りばっかりだった

奈良のはずれの小さな町だけをハイゼットで駈けずり回り、

そんな小さな地域を走っているだけなのに、

なんと1年間に15万キロもの走行距離だったことを覚えている

僕が小さい頃はそんな軽四にしか乗らない親父をみじめに思っていたことも正直ある

でも当時クラウンなんかを乗り回していた近所の工場の社長はバブルがはじけると

同時に借金まみれになって今は車さえ持つ事ができない状態だ。

でも親父は僕が実家に帰ったときは今もまだ軽四のダイハツハイゼットで僕を迎えに来る

小さい頃は小さく見えた親父だけど、

今は僕がどんなに頑張っても乗り越えられない大きな人に見える

そして今は僕の誇りでもある

踏みつけられながらも母と二人で地道に這いつくばって生きてきた

この二人こそ一蓮托生なんだろな・・

昔、クラウンに乗っていても今は車さえ乗れない人よりも

借金もなくずっと穏やかに暮らしている

そんな縁の下の力持ちだった父・・・

もうちょっと世間から認められてもよかろうに・・と今僕は思う

なんとなく今日はなぜか憂鬱な気分だ

なぜだろう

あ、もう0時過ぎてる・・

もうこんな時間かぁ・・

我ながら朝からこんな身体で

こんな時間までよく働いたよなぁ・・

なんだか疲れたなぁ・・