苦境を「試練」と思えるか

僕は障害者になってからというもの、

なぜ僕がこんな目に遭わなきゃいけないのか

何か悪い事でもしたのか?

というような「なぜ」という疑問だらけである

なぜこんなに不自由にならなきゃいけないの?

なぜ、会社を破産させなきゃならなかったの?

なぜ、今僕はまともに普通の仕事ができないの?

なぜ、なぜ、なぜ?

こんな風に日々苦しんでいる

でも、もしこの苦境が僕に与えられ何らかの「試練」と思えたなら

乗り越えようと思えるだろう

なぜなら、「試練」はそれを乗り越えた後には

今の自分がより強くなって

「器」も大きくなるものだろうと思うから・・

でも現実には「試練」と思うのは難しい・・

なぜなら自分がより強くなれるなんていう

何の確証もないから・・


それでも乗り越えなければならない

「苦境」というどこまでも続く果てしない壁を登り続けなければならない

少なくともこの苦しみを受け止め続けなければならない

生きている限り・・

だからときどきもう生きるのはイヤだと感じる


本当に「試練」と思えるようになるのはいったい、いつになるのだろう