明日を信じる事

明日の話ができるという事は

未来の話ができているという事だ!

だから明日の話ができている限り

未来があるという証拠だ

確かに未来が良いか悪いかなんて

分からないけれど、

悪いとは限らない

予測不能だからこそ未来なのだ

僕のこの障害、、

現代医学では完全回復はほぼ不可能だ


というけれど、

それは今この瞬間の現代医学のことに過ぎない

明日はどうなっているかは

誰にも分からない

明日、もしかしたら新しい治療法が発見されるかもしれない

そんなの楽観過ぎるというかもしれないけれど、

絶対にない
とは誰にも言えないし、分からないはずだ


分からないからこそ希望を持つ事ができるのだ

明日の話ができている限り、未来はあり、その未来には何があるかは分からない

だからこそ明日を信じ、未来を信じ

希望を持ちたいと思う

そう考えるように心がけている


でも、痛みの激しいときは

こんな風にはどうしても思えない

痛みに堪えていると

その痛みが未知の未来を全てネガティブに考えてしまう
自分でまどうしようもなくなるのだ

困ったものだ

人間とはこれ程までに自分自身をコントロールできないものなのか、、

いつでも未来を信じ、自分自身を信じたいと思っているに、、、