人の「本性」なんて・・

僕の家内はよく、人間はイザというとき(危機のとき)に
人間はその本性が出る・・と言っているけど・・・

今やっているNHKの朝ドラでも主人公の恋人?の愛(いとし)君は

人の顔を見るとその本性が見えるよいう設定だけど

僕はそもそも人には絶対的な「本性」などというものは無いのではないか

と思っている


西洋では人間は性悪説だと聞く

キリスト教がそうらしい

だから生まれてきた人間の子供は元々「悪」だから洗礼を受けるという

(あまりキリスト教に詳しくないのでよく分からないけれど・・)

僕が思うに・・

人間は本当に苦しいとき「本性」なんかが出るのではなく

心の葛藤の中に居るのだと思う

心の葛藤の結果、その人にとっての

「ギリギリの選択」をするだけではないだろうか

それが結果として、裏切り行為になってしまったり、人の心を傷つける

暴言になったり、果ては殺人に至ったりするのではないだろうか

最悪の行動である殺人にしてもその前には葛藤の連続であり

その人の育ってきた経緯や経験などが相まって

「その人にとって」それ以上の選択の余地がなかっただけではないだろうか

僕だって半身麻痺の障害を負ってからこの4年間、

何度死のうと思ったか数知れない

でも今は生きている

死の選択をしなかった

今、こうやって生きている

それは苦境における僕の「強い本性?」でも何でもない

ただこれだけは言える

この4年間ずーっと葛藤の連続だった 

死を選択するかどうかのギリギリのラインをいつも歩いていたと思う

ただこれまで僕の環境や状況の諸条件が

そのギリギリのラインを死へ割り込まなかっただけのことだと思う

これを書いているこの瞬間も僕は葛藤している

人間にそんな簡単に「本性?」に従って決断や行動ができるものではないと思う

人はみな同じような状態にいるんだと思う、

まぬがれることのできない生と死のあいだで、

きっとそのギリギリのところで生きているんだ

それは健常者も障害者も関係いないと思う

どんなに悪党で人を平気で傷つけるように見える人間だって

心の中はたぶん葛藤でギリギリのところで生きているのではないだろうか

そんな意味で僕は人間に絶対的な「本性」なんて存在しないと思う

人間、誰しも、いつも、

葛藤しているだけだと思う