素晴らしき我が人生

生まれて3か月で肺炎を患い、死の宣告・・

いじめられっ子だった小学生時代・・

運動神経もよくもなく、肥満気味だった小学生時代

そんなどんくさい僕が中学生時になって、周りを見返したくて
入ったクラブが水泳部・・

日体大出身のスパルタ方式の監督の下

1日に2万メートルもの練習をこなし、

体力のなかった僕はいつの間にかそこそこ体力や筋力がつき

スポーツが誇れる人間に変わった

大学では理系の化学工学を専攻・・

卒業後大手化学メーカーに就職・・万事順調

と思ったら

何を思ったのか理系で口下手な僕が

時流(当時はバブル経済の真っ盛り・・)に踊らされて

なんとコンサルティング会社に転職・・

口下手が災いしてかなり苦しむ


それでも仕事だからと必死になったおかげでいつのまにか

2時間程度の講演ができるようになった

と思ったら

今度はWINDOWS95の普及と同時にインターネットが普及し始めた

時流に乗らねばと、

プログラムにど素人の僕がIT企業に転職

案の定プログラムの基礎も知らない僕は七転八倒・・

そして何をとち狂ったか自ら会社を興し起業した。

元々経営者の器なんてない僕・・

他の零細企業と同様に気が付いたら

銀行からの借入金まみれ・・・

ストレスが最高潮に達し、血圧上昇

自分がもやもや病だと気付いてはいたけれど・・

他の高血圧の人と変わらず自覚症状がないので

他の零細企業の社長と変わらず、

仕事最優先で徹夜、徹夜で無理していたら、

当たり前のごとく・・とうとう脳内出血・・

そして左半身不随の障害者・・

障害者になってからも

何を思ったか全く縁もゆかりもない日本の環境技術

の普及活動活動がしたい

などと思いつき・・

こんな身体で

北は震災直後の石巻まで飲料水化設備の動作確認まで走り、

南は九州の薄膜太陽光パネルの業者の会社まで走った

でもまだこれといった成果は出ていない・・

他人からみれば、

何が素晴らしき人生だ?と思うだろうけど


僕にしてみれば

泣き虫でどん臭かった僕がそのコンプレックスをバネに

水泳部でしごいてもらい、

そのおかげていかなりの運動能力のある人間にまでなれた

そして口下手で人前では赤面し、全然喋れなかったこの僕が

社長さんたちの前で2時間近い講演までできるようになったのだ

そして柄にも合わず起業までできた

小さな小さな零細企業だったけど、

それなりに一生懸命頑張ってきた

自分で言うのも何だけど手を抜いたことはない

いや手を抜けなかった・・

そして

脳出血で倒れ障害者になった後も

必死に生きていたと思う

ここでも手を抜いたことはない

この身体で生きていくには手を抜けないから・・

振り返ってこれまでの自分の人生を考えると

自分なりに精いっぱいの人生だったとい言える

残念ながらいつも「結果」は出なかったけれど

手を抜いたことはない

「結果」が出せなかったことは

「無念」ではあるけど

途中で倒れて障害者になってしまった事も

「無念」ではあるけど

自分の生き方には

一点の「後悔」という曇りはない


それだけは胸を張って言える

だから僕の人生は素晴らしかったと思える

もし今この世を去ったとしても

一切の「後悔」はない

それは障害者になった後の人生だけでなく

小学生や中学生などの幼少の頃も同じ・・

いつも背伸びして精一杯頑張っていたと思う

だから僕の人生は素晴らしかった

すばらしきわが人生なのだ!

僕だけの・・



そうでも思って突っ張っていなければ

今のこの障害の辛さはキツすぎる・・