僕が心が折れた状態からたっ立ち直ったきっかけ・・

心はときに「折れる」もの。そう認識するだけで心が軽くなる。

「もう~はできない」という言葉は、切なさとともに人に取りつく。

絶望感を刺激して人を悩ませ、必要以上に膨らみ、希望を侵食していく

私は左手足が不自由になってから、あれもできない、これもできないと

「できない症候群」に陥りました。

「もう二度と走ることができない」というような感傷が毎日頭から離れることがなかった。

そんなある日、友人とテーブル越しにイスに座って話をしていたとき、


ふとこんな疑問が舞い降りました。

「座って話している自分は、周りの人と何も変わらないじゃないか。

そうか、座っているときに走れないことを悩むのは、無意味だ・・」

と・・

毎日悩みすぎていた私は、座っているときにも走れないことについて悩んでいる

自分に気づくことができなかったのだ。。

あたりまえのことだと思うかもしれませんが、そんなことに気づけなくなるのが

「できない症候群」であり、「もう二度と、いや一生●●ができない」という

言葉の魔力ではないだろうか

そんなあたりまえの「気づき」だけで、見えてくる世界が変わってた。。

それからの私は走らなくてもできることが多いことに気づいたり、

準備さえすればでさることが見つかったり、

クルマを運転しているときには他の人と変わらないスピードで走ることができることを知った。

流れる最色、入り込む疾風、すべてが変わってしまったわけではない。

「不変」のモノはまだいっぱいあるじゃないか・・

そう考えるとどんどん復活思考は加速していきました。

障害者になってしまった事できなくなったことを受け止めるなのは簡単ではありません

でも、こんなことが私の気持ちをラクにすることの始まりで、

新たな一歩を踏み出すキッカケとなったと思う。

過酷な現状に我を見失っていても、自分を認めていく作業を継続すると、


「不変」のモノに気づくことができる。

「不変のモノ」が見つけられたら、未来は変わって見えてくる・・

そして明日の話が、来週の話ができるようになる

明日の話や来週の話ができるということは未来の話ができているということ

未来の話ができているということは希望の話をできているといことに気付きはじめた・・!