「簡単な」事ほどできないという悔しさ

片麻痺という障害、、

この不自由さ、

健常者には理解し難いだろう

一番悔しいのは

一般的に簡単だと言われる事(作業)が難しいというときだ

頭は働くので、例えばPCなどで長文の提案書やレポートを書くのはそれほど難しくない

でも、一般に簡単な事務作業と言われる事がとても難しいのだ、

例えば、
ファイリング作業

書類に2穴パンチで穴を開ける

こんな事がヤケに難しいのだ

片手でキチンと書類を揃える事ができない

揃えた書類を「そのまま」2穴パンチに挟む

これも難しい

揃えた書類がすぐにズレてくる

やっとの事で2穴パンチで穴を開ける事ができたら、今度はファイリングだ

これがものすごく高いハードルなのだ

片手で開けた穴をズラさず、ファイルのリングに通す、、

これができない!

穴にリングを通そうとすると、

書類の穴がズレる!

一旦書類の穴がズレたら最後、

片手では穴を合わせるように書類を揃える事はほぼ不可能

最悪書類を一枚ずつファイリングする事になる、、

まさに悪戦苦闘だ

こんな状態だ、、


こんな簡単な事ができない!

一般的に考える「難しい事」ができないなら仕方がないと諦めもつく

でも、こんな(健常者だったら)恐ろしく簡単事ができない!

こんなとき、

本当に

本当に

情けない気持ちになる

苛立つ、悔しい

こんな事さえできなくなってしまったのか

と、、、

何だか人間として生きていく上で、

最低限の事ができないなんて、、

何とも言えない気分になる


片麻痺なんて毎日がこんなもんさ

できないときは諦めるしかない


こんなときの心の整理が一番難しい


そしてそんな自分から老いるという事も同じような事ではないだろかと最近思う

歳をとれば、身体機能は衰える

でも長年生きているから経験値も多く判断力は若い人よりある

でも、その判断に基づいて身体が動かない


そんな状態、、

さぞかし悔しいだろう

よく乳母車を押しながらゆっくりと

横断歩道を渡るお年寄りを見かける

それを待ち左折しようとする自動車の運転手は渡るのが遅いのでイライラする

でも、一番まどろっこしいと感じ、

イライラしているのはお年寄り本人ではなかろうか

なぜなら、横断歩道の信号を判断できない訳ではない

渡るタイミングもわからない訳ではない

でも、

身体が思うように動かないのだから、


こんなできなくなったことには目を向けず、

できることだけに目を向けようとしているけれど

「簡単な事」できなくなったことのほとんどが

日常の生活で不可欠な動作が多い

だからいやでもできなくなったことが目に付いてしまう。


だから、悔しいけど気にせずにはいられない・・