僕にとって経済的成功は、、、

人生における「成功」って、

多くの場合、経済的成功を意味する

それはこの世の中が、資本主義社会である以上仕方がない


僕も会社をやっている頃は会社の売上或いは利益、つまり経済的成功が僕にとって大きな目標でもあり、モチベーションになった

でも、障害者になってしまった今、

経済的成功は僕にとって
何の魅力もなく、
何のモチベーションにもならなくなった
もちろん、貨幣経済社会である以上、
生きていく上で、

ある程度たお金は必要だ。

でも、以前の倒れる前の僕のように(多くの起業家もそうであるように)

必要以上の経済的成功は今の僕には必要無い。

なぜなら、何億円積んだって、

何兆円積んだって、

僕の身体は元には戻らないから

だから、以前のように優雅な暮らしや

贅沢には何の興味もない

だって、例えば大きな家を購入できたとしても、

海外旅行で大きな高級リゾートホテルに泊まったとしても、

この不自由な身体では辛いだけ、、

プールがあっても泳ぐことさえできない

以前の僕なら、泳ぐ事自体に快感があったけど、今の僕には辛いだけ、


だから、必要以上のお金には何の興味もない


唯一、今の僕のモチベーションになる事は「人の役に立つ人間」になる事

障害者でも何か人の役に立ちたい

障害者だからと言って「役立たず」でありたくない

この気持ちはキレイ事でも何でもなく

心の底から湧き上がる気持ちだ。

だって障害者だからと言って役立たずになるのは余りに悔しいから


そう

悔しい

それだけかもしれない

経済的成功に魅力を感じなくなったのも

何より日々の生活で、仕事で感じる様々な「悔しさ」を何とかしたいという思いの方が強いからだと思う。

毎日が悔しさの連続だから、、


しかし、この価値観の転換は僕にとってコペルニクス的大転換だと思う

以前のまま、健常者だったらこんな価値観の転換はなかっただろう

今でも、経済的成功を目指し、金融機関から無理な借り入れをして

達成できない経済的成功を目指してもがいていただろう

今、目の前で息子が柔術の稽古を元気にやっている

そんな息子の姿を見ていられる今、この瞬間の方が何もにも変え難い幸せを感じる

大きな経済的成功なんかよりもずっとずっと幸せな瞬間だと思う

そして、この息子がイキイキと生きるために役に立つ事が僕にとって、父親としての人生の成功なのだろう
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