無私無欲は疼痛をも乗り越える

無私無欲の境地になれば

今僕が苦しんでいる脳卒中

後遺症の疼痛にも打ち勝つことができる

先週、ある出来事でそんな確信ができた・・というか気付きを得た


先週、仕事上で苛立ちと焦りを感じる問題が起きた

その後だった・・

疼痛の猛烈な痺れと痛みが襲ってきた

でも、自分のこだわりや思い込みを心の中からできる限り排除し、

気持ちを落ち着け

冷静に客観的に問題の捉え方と対処方法を考え始めたとき

疼痛が徐々に治まってきたのだ・・

この現象を僕なりにこう自己分析している

「心の苛立ちと焦り」というものは「緊張」すると手汗をかいたり、心拍数が上がるの

と同様に自律神経(特に交感神経)を刺激する

それは僕が低気圧の接近で痺れが酷くなるのと同じ

つまり高気圧や低気圧のによる気圧の変化や大気中の酸素の変化が自律神経を

刺激するから損傷した脳に悪い刺激を与え、痺れや痛みがひどくなる

ということは・・


苛立ちと焦りは「自我」から起こる

つまり「自我」≒「思い込み」や「こだわり」に反する状況が生まれると

人は心の苛立ちと焦り或いは怒りを覚える

その結果自律神経を刺激し、損傷した脳に悪い刺激を与え、痺れや痛みがひどくなる

そう考えると

心の安寧こそが疼痛を和らげる最大の薬かも知れない

ストレスの多い現代社会において心の安寧を求めるのは難しい

でもそんなストレスの多い現代社会で心の安寧を得るためには

「自我をなくす」、つまり限りなく「無私無欲」になることではないか

「無私無欲」になることであらゆる事象に対して

自分の「思い込み」や「こだわり」という自分勝手な色メガネを捨て、

冷静且つ客観的にと捉えることで

心の苛立ちや焦り或いは怒りや悲しみという

自律神経を刺激する「心の悪い動き」を止めることができるのではないのか

結果として僕のような脳に損傷を受け、「存在しない」痛みや痺れを

脳だけで感じてしまう疼痛をも和らげることになるのではないか

分析好きで理屈っぽい僕はそんな風に自己分析し感じた・・(苦笑)

だから、「無私無欲」を心掛けてみよう・・

そもそもよく考えたら僕は障害者になる前から頑固でせっかちな性格だった・・

見かけによらず、自我も強かったと思う

今、僕の苦しむ疼痛は

そんな僕の「思い込み」や「こだわり」という自我が引き起こしているのではないか


つまり、もっと簡単に言うと

何事にも動じない心

なのだろうと思う

自分を襲った障害にも動じない

身体の不自由にも動じないで

片手片足でも知恵と工夫で生きる

動じるから必要以上に不自由と

感じてしまい心が苛立ち、焦り

疼痛が憎悪する

という悪循環に陥るのだ

障害にも動じない、

不自由にも動じない

そうすれば

自分を襲う疼痛にも動じなくなれるだろう

結果として疼痛に打ち勝ち、乗り越える事ができるのではないか

そんなことに気付いたここ2、3日だった・・