中途障害者の障害という「日常」と周囲の思う「日常」

健常者の方のほとんんどは障害者の方を見たとき

その障害者の方にとって

障害(例えば、全盲・肢体障害)は「日常」だと思っている

のではないかと思います。

或いはその障害に「慣れて」日常生活できるようになっている

と思っている



のではないかと思います。


僕自身、健常者の頃の障害者の方に対する視点はそうだったから・・

「大変だろうな」とは思いながらも・・


でも自分が障害者になって、それが全く違うことが分かった

自分が障害を持っていることは

自分にとって「日常」でも何でもないのだ

脳卒中で倒れたあの日だけは僕の周囲の人にとっても

僕が障害を負ったことはあきらかに「非日常」だった

そう思う

実際にいろんな励ました勇気づけの言葉を受けたものだ


でもときが経つにつれて

僕の周囲の人にとって

僕が障害者であることは普通の事になっていったと思う

つまり今はほとんどの僕の周囲の人(友人や家族)にとって僕が障害者であることは

「日常」になっていると感じる

でも僕自身は全く違う

僕にとって「日常」とは健常者で普通に歩くことができ、

普通に左手を使え、ナイフとフォークで食事できる事こそが日常である

僕はあの4年前・・倒れた日、障害を負い、左半身が不随になった「非日常」

が続いているのだ。

だって右半身には健常な「日常」の自分が常に存在するのだ。

それを見ると麻痺した左半身は明らかに僕にとっては「非日常」なのである


僕の周囲の人はもうとっくにあの「非日常」の日からときが経ち「日常を取り戻している


でも僕は未だに「非日常」のままなのだ・・

いつ僕は「日常」を取り戻せるのだろう