脳と心、そして魂・・

僕は脳卒中というものを体験してからというもの

脳の損傷が心(精神)に与える影響から心と脳についてさんざん考えてきた

というか

考えさせられてきたというほうが正しいだろう


そしてその結論が脳=心=魂で、死=無だ。つまり死んでも魂なんて残らない

あの世なんて存在しない、人間の空想物だ

という結論・・なんだかさみしいけど

そのことを僕が全部説明する自信がないので、補足説明に

心と身体の問題に関する心身2元論に関するウィキペディアの抜粋以下紹介します

------ウィキペディア抜粋ここから----

心身問題に対する二元論

心身問題とは、心と体の状態との間の関係 、つまり一般的に非物質的であると考えられている心というものが、どうして物質的な肉体に影響を与えることができるのか、そしてまたその逆もいかに可能なのか、を説明しようとする問題である。われわれの知覚経験は外界からどんな刺激が様々な感覚器にやって来るかに応じて決まる。つまりこれらの刺激が原因になって、われわれの心の状態に変化がもたらされ、最終的にはわれわれが快不快の感覚を感じることになる。あるいはまた、あるひと命題表明(propositional attitude)すなわち信念や願望はどのようにしてその人のニューロンを刺激し、筋肉をただしい仕方で収縮させる原因になるのだろうか。こうした問いは遅くともデカルトの時代から認識論者や心の哲学者たちが延々と検討してきた難問なのである。「心身問題に対するアプローチは二元論と一元論に分けられる」と考える人もいる。二元論は何らかの意味で体と心を別のものとして考える立場で、プラトンアリストテレスサーンキヤ学派やヨーガ学派などのヒンドゥー教の考えにも見られる。二元論を最も明確に形式化のはルネ・デカルトである。デカルトは実体二元論(Substance dualism)の立場から、心は物質とは独立して存在する実体だと主張した。こうした実体二元論と対比させられるのが性質二元論(Property dualism)である。性質二元論では、心的世界は脳から創発する現象であると考える。つまり心的世界自体は物理法則に還元することはできないが、かといって脳と独立して存在する別の実体であるとは考えない。
他方、一元論は心と体が存在論的に異なるものだという主張を認めない考え方である。西洋哲学の歴史においてこの考えを最初に提唱したのは紀元前5世紀の哲学者パルメニデスであり、この考えは17世紀の合理主義哲学者スピノザによっても支持された。

一元論には大きく分けて三つの種類がある。

1:物理主義(Physicalism)。
物理学の理論が記述するもののみが存在しているという考えで、物理学が発展していけば、心についても全て物理学の用語だけで説明できると考える。

2:唯心論(Idealism)。
心だけが実際に存在するもので外界とは心そのもの、または心によって作り出された幻想と考える。

3:中立一元論(Neutral monism)。
何らかの中立的実体があり、物や心というのはこの知られざる実体の持つ二つの側面、性質なのだと考える。

20世紀にかけて最も一般的だったのは物理主義である。
物理主義には、行動主義タイプ同一説非法則一元論、機能主義などが含まれる。
現代の心の哲学者の多くも物理主義者だが、それはさらに、還元的な物理主義(Reductive physicalism)と非還元的な物理主義(Non-reductive physicalism)に分かれる。還元的な物理主義では心的な状態というのも、結局は生理学的なプロセスまたは状態として基本的な自然科学の言葉によって全て説明されると考える。これに対し非還元的な物理主義は心に対応するものは自然科学の法則しかないが、それでも心的な現象に関する法則については、あるレベルより低次の自然科学の法則の組み合わせへは置き換えることも、還元することもできないと考える。神経科学の継続的な発展はこうした問題のいくつかをより明確に描き出す助けになってくれる。しかしそれだけでは解決にはほど遠く、現代の心の哲学者たちは、どのようにすれば心のもつ主観的で質的な体験、志向性といったものを自然科学の用語だけで説明する事ができるのかと問い続けている。
---ウィキペディア抜粋ここまで-----


この中で僕は健常者の頃は上述の「2:唯心論(Idealism)」を信じていた。つまり「この世は自分の心の幻想である」という考えだ。

でもそれは脳卒中とその後の後遺症というの体験でも脆くも崩れ去った・・

今はどどちらかどいうとデカルトの主張する心身二元論と最も反対の性質二元論(Property dualism)を信じている。


というかそう考えざる得ないのだ・・この4年の経験上・・

幼いころからお墓参りやお宮参り、

悪いことをするとバチが当たる

などと言って育てられてきた我々は

神様とかご先祖様の霊というようなものに

対して本能的に存在していると

信じたがるのは仕方のないことだと思う

でも今の僕は一切を否定している(残念ながら??)

それが幸か不幸かわからないが・・

少なくとも僕の心のどこかで

この障害と言う苦しみから逃れ

「無」になりたいと願っている自分がいる。