神様や守護霊とかいうものを信じれない僕は不幸かな

昨日一昨日とお盆の墓参りに僕の親の本家まで行ってきた

そのとき僕伯父や叔母(8人はいる)は僕の障害のことを按じてくれていて

毎日近くのお地蔵さんのお参りしてくれているとのこと

その心遣いに感謝・・

でも僕は神様とか祖先の霊とかを脳出血以降、一切信じれれなくなっている

脳の損傷で受けたこの障害を治癒したい一心で脳に関する本を読み漁った結果

そうなってしまった

脳に関する本を読めば読むほど、「精神(あるいは魂)=脳」で

脳死あるいは(火葬などによる)脳の消滅は精神(あるいは魂)の消滅に等しい

としか考えられないのだ

だから当然死後の世界も存在しないとしか思えない

もちろん神とか霊の存在もあり得ない

そんな風に考えるようになっている・・というか考えざる得ないのだ

以下の2つの動画はインド人の有名なラマチャンドラン博士の講演だが

ラマチャンドラン 「心について」 1/2


ラマチャンドラン 「心について」 2/2



ここでも人の精神(魂)は脳の作用すぎないと講演している

余談だがそれにしてもインド人というのはスゴイと思う
 
「無」とか「ゼロ」の概念を初めて作ったのもインド人という

インド人は思慮深いと思う  

このインド人脳学者ラマチャンドランはその著書で言う

脳は幻覚を見やすく騙されやすい・・

いわるゆ霊能者といわれる人たちは側頭葉の異常により

(自分が潜在的に思い込んでいる)幻覚を見ているにすぎないらしい 

更に地球の磁場にも脳は影響されその幻覚は影響されるらしい
(つまり花崗岩などが多く磁場の強い地域ではよく幽霊を見えるという)

そんな情報が入ってくるとあの世とか神とか霊の存在もあり得ないとしか

否応なく考えられないのだ


でも



伯父や叔母は信じている 

だからお地蔵さんにお供え物をして僕の無事を祈ってくれている



そしてある伯父はその伯父や叔母が毎日お地蔵さんに祈ってくれていたから

そこまで回復できたんやぞ、仕事も見つかったんや 感謝しいや・・と言われた

複雑な気持ちだった

ある意味、あの世とか神とか霊の存在を信じることができている神信深い人の方が


心の安寧が得られるのではないだろうか・・と


僕は単なる唯物主義で唯脳論者になったのに過ぎないのだろうか

こういう僕も倒れた当初、全く動かない身体で急性期病院で

「これが夢でありますように」と・・

神様に祈った・・

神を信じれる方が幸せかもしれない