もう少し生意気に生きて、目指すは「楽勝」でなく、楽生」だ!

健康な人からすると、病人や障害者は「大変だねえ」と思われがちです。

障害者なので、その視線はよくわかる

仲がよいとか他人とかは関係ない

病人や障害者は、大なり小なり人から心遣いを受けることが多いと思う

そんなとき「うん、まあね」とか「大丈夫ですよ」

と心ない会話をする人生を、僕はいつまで続けるつもりなのか


見た目や症状で絶対にわかるという方でも、

他人が見たらわからない病人でも、

もとから生意気だった人も、病気になるとしおらしくなるものだ

もちろんそれは迷惑をかけているとか、心遣いを受けているとか

そんなところからくるのだと思う

でも、それでよいわけがないのではないか

病気を受け止めて生きていくのは、しおらしくなることではない!

少し生意気に生きることができるのなら、

関わる人にも心配させることが少なくなってくるのではないだろうか

気を遣わせないためには、生意気が必要なのではないか

病人は少し生意気であるぐらいがちょうどよいのではないか

それによって、僕に関わる人も突っ込みゃすくなるだろうし

感情も出せる

いわゆる「我がまま」になるというのではない

「我がままではない、計画的生意気を実行しよう!」

そうすることが、偏見を少なくして、対等になれる道ではないか

僕がいつまでも気遣われたくないのなら、

多少生意気であってもいいのではないのか

そうすることで、僕が言えなかったことも言えるのではないだろうか

そして、笑い飛ばせることも多くなるはず・・

生意気に生きるには、帽子を深めにかぶったり


口癖を「楽生!」にしてみようと思う

勝つか負けるかななんて小さいこと

生きるか死ぬかそして目指すは「楽勝」でなく、楽生」だ!