ポジティブシンキングに「なってしまう」理由

ポジティブシンキングは「心掛ける」ものではなく

時間を大切にするとなってしまうものだと思う


よくポジティブシンキング(前向き思考)がよいということを耳にします。

ポジティブシンキングは結果をよくするとも言われています。

でも、

僕は結果がよくなるからポジティブシンキングがよいとは思いません。


人は必ず死にます。この考えはポジティブではないかもしれないけれど

人が死に向かって生きていることは事実です

僕は難病(出血性もやもや病)を抱えていることで、

心のどこかで死をいつも意識し続けています。

今日明日死ぬとまでは思わないまでも、動けなくなる日が明日なのか、

一ヵ月後なのか、自分の体力に裏切られ続けた経験上、

信じていないところがあります。

もちろん、このことは諦めではなく、おびえているわけでもありません

むしろ、自分と正面から向き合うことになっています

人が死を意識すると、

これまでの人生で「どのように生きたのか」がすべてになってきます。

結果ではなく、その過程の時聞がすべてなのです

その時点までをより楽しく、より後悔なく、より充実した時間にするために

僕はポジティブシンキングをしているのかもしれません

ポジティブシンキングがよい結果を生むから無理に前向きになるのでなく

時間を大切にすると、自然とポジティブシンキングになってくるという感じ・・です

「頭ではわかっていても、なかなか・・」という気持ちもよくわかります

でも、「ネガティブな気持ちの時聞が多い人生だった」ではもったいないと思います

ネガティブシンキングがどんどん気持ちをつらくしていくことを

僕は経験上知っているつもりですから・・



結巣のためでなく、人生を謡歌するためにポジティブシンキングをしようと思う

より楽しい時間、より後悔のない時間、より充実した時間は、僕の意識次第

時間には限りがあると意識することで、僕の思考は加速し始める・・

たとえ障害者でも「役に立つ人間」になれる事を証明するために

それが僕の生きている意味であり生きがい

それを求めて精一杯生きる限り、いつ死を迎えても後悔のない人生にできると思うから・・