障害者として生きる・・何のために?

昨日、週1回の通所リハビリに行った

何気なく横をみると車いすに乗った障害者の方がいた

その人の目は中を見ている

焦点が合っていないようだった


療法士さんの問いかけにも反応が弱い

おそらく左脳の言語野の損傷で口語障害か言語障害なのだろう

言葉はでなくても「意志」はあるはず・・

でも自分の「意志」を言葉にできない

手足も不自由・・その人の心中を察すると僕の方が息苦しくなる

どんなに歯がゆいことだろう・・と

それでも生きていかなければならないのか


「後遺症だから」治癒する見込みもほとんどないのに

何のために?

と考えてしまう

生きる意味って何?

と考え込んでしまった

僕自身もそうだ

これから先この不自由と痛みを背負って生きていかなければならない

健常者のような「楽しみ(例えばハイキングにいく、とかバイクでツーリングするとか
海で水遊びをするとか)」はもうほとんどできない

にも関わらこの先も「ずっと」生きていかなければならない

なぜ?

そんなにしてまで生きることってそんなに大切?

と考えてしまう

人はなぜ生きなければならないのか?

それとも生かされているのか

そんな答えのでないことを考えてしまう

そして痛みに痺れる脚を引きずりながら病院を後にした。

それでも僕は生きている



なぜ?なぜ?なぜ?


もう覚悟は決まっていたはずなのに

まだ僕の心は揺れている