志を想うときネガティブな心が小さく見えてくる


月曜日には

シンガポールでの投資グループへの(僕のルートの)

日本の再生可能エネルギー技術のプレゼンテーションの最終打打ち合わせだ

このプレゼンがうまくいけば大きな投資が舞い込む可能性がある。

僕にとって大それた志の第一歩が踏み出せるかもしれない

そんなことを想うとき、不思議と自分の中にあったネガティブな心

障害を負うことによって多くの失ったっもの(事)喪失に対する悲しみ

またこのことによって僕の心の中に芽生えた怒り、憎しみ、怖れ

そういったネガティブな心が志を想うこといよって小さな、ちっぽけなものに見えてくる

なんてちっぽけなことに怒り、憎しみ、悲しみ、そして怖れていたんだろう。

そんな風に思えてくる。実に不思議だ

大きな志を持つことって人の心にとってすごいパワーになると思う

たとえそれが、自分の身の丈に合わない到底達成不可能な志であっても

志は持つべきだと思う。

そのことによって自分の心がものすごく強くなれるから・・