何のために生きているのか

僕は何のために生きているだろう


健常者の頃には「楽しみ」があった

今頃のシーズンなら、今度に日曜日には息子とプールに行こう

とか、家族でバーべキューに行こうとか

そんな身近な楽しみがあった

でも僕にはもう何もない

泳げないからプールに行くなんて思い浮かぶことも

一切なくなった

バーべキュー?

そんなこと誰が準備するの?

家族には誰も準備できる人はいない

そもそもバーべキューができたしても

足が不自由で左手が全く動かない僕には焼けた肉を

取りにいくことさえできない

僕には

こういった「娯楽」はもう一生できない


だから考えない

僕の今の生きがいは再生可能エネルギーの提案書を右手だけで

タイピングしてアピールしてあげること


それで自分が「障害者でも役に立つ人間かもしれない」と自分

で思えるから・・

僕に「娯楽」の楽しみは一切ない

特に身体を動かす娯楽とは永遠に無縁・・

あれほど身体を動かす娯楽(スポーツ)好きだったのに・

それを全て諦めろというのか・・

それは僕にはあまりにも惨い・・

新しい価値観を見つけたら良いなんて簡単に言うヤツもいるけれど

そんな簡単に40年以上培った価値観をそんな簡単に転換できるものか

じゃあお前がやってみろと言いたくなる

今日はどうも気持ちが落ち込んでいる。。。

なぜかそんな思いに心が覆われてしまう。。


いやここまできたんだ!

僕は再生可能エネルギーの提案書を作り続ける!

そして世界へアピールしまくる!

あらゆ方法(人脈・インターネット、時には裏ルートで)を駆使して・・

もう面子もクソもない、、暑いからスーツも着ない

スーツを着るだけで40分もかかるから・・

そんな無駄な時間は使いたくない


そして中小企業の持つ隠れた最先端の再生可能エネルギー

世に送り出すお手伝いをする

僕にはもうそれしかない

決して収入になんかならいけど・・

家族も十分に養えないけれど・・

それまで奪われたら僕はたぶん、死を選ぶだろう

何のために生きているかわからないから・・

何も生きている価値を感じないだろうから・・


ぼくにはもうあまり時間がないことは自認している

「そのとき」がいつ来ても良いと

覚悟している

再出血・・

たぶん「そのとき」は一瞬で終わるだろう

痛みも苦しみも感じない。

一瞬にして意識を失い。あの世行き

それが脳内出血・・

覚悟はできている

いつでも来い

死んで「無」になることはこの苦しみからの永遠の解放だ!

誰が何と言おうと僕にとって死は苦しみからの永遠の解放だ!

宗教信者には悪いけど僕は「あの世」も「神」も「霊」に存在しないと・・

そう確信している。つまり「死=無」だと・・

だからこそ苦しみも「無」になると信じている

だから死は苦しみからの永遠の解放だ!


でも


それまでは意地でも生き続けてやる

どんなに苦しくとも・・

痛くも、痺れにもがき苦しんでも・・

だけど自死だけはしない

絶対に・・

それは僕にとって最高の恥だから・・

自死したくなったときは歯を食いしばって生き続ける

そして絶対に「(障害者でも)役に立つ人間」になれることを証明してみせる

そのためならある程度「暴走」もするぞ!

悪いけど周囲を気にしていたら何も進まない!

僕にはもうあまり時間がないからムダに時間を浪費したくないから

娯楽」のない僕にはそのためだけに生きるのだから