期 待


期待・・

今日、期待こそが問題を大きくしたり、トラブルの原因ではないかと思った

人はいつも何かに期待している

それは何も大きな期待ではない

例えば、

フランスレストランに行くと美味しいものが食べられると期待する

ところがマズイと腹が立つ

増してや値段が高かったりおしたらなおのこと・・笑

電車を待つときなんかでも同じ

皆、定刻通りに来ると(期待)していると思う

それが期待に反して遅れると腹が立つ

駅員に文句を言う人もいる

仕事なら部下に任せたとき、そして正し指示をできたと感じていたら

期待通りの結果を出すはずだ・・これも期待

これが期待に反してしまうと

部下は怒鳴られるハメになる・

もっと身近な事で言えば、蛇口をひねれば水が(必ず)出ると思っている

これも水が出る(はず)という期待ではないだろうか

特に

のどが渇いたときなど

蛇口をひねれば水が出て喉の渇きを癒せると「期待」している

ところが水が出なかったらショックを受ける

人と人とのトラブルも同じではないか

相手が期待通りのことをしてくれないと腹が立つ、

憎んでしまうことさえある

しかし期待とは「こうであるべき」とか「こうでなければならない」という

時分勝手な思い込みかもしれない

僕の障害も同じ・・

リハビリをすれば回復すると期待している

もう3年もリハビリを続けている

でも期待通りに回復しない

それどころか

予想だにしなかった慢性疼痛などというものに襲われるハメになってしまった

期待は落胆を生む

期待さえしなければ、落胆もしないし、怒りもしない

そのためには無心であることが大きなキーワードではないかと思う

期待もせず、期待通りでなくても目の前に起こった事象に対して淡々と対処する

そんなことができるのが「無心」ではないだろうか

期待・こだわり・思い入れこういった心があればるほど

落胆したときには気持ちの落ち込みが激しい

腹が立ったときには怒りが何倍にもなる

そんな意味での期待はできるだけしなしように心掛けたい

でもそれは決して「諦め」ではなく、目の前に起こる出来事を

ただそのまま素直に受け止めることだと思う

そうすればうまくいかなくても落胆もしないし焦りもしない

そして何事にも淡々と対処できるだろうに・・・

更に、そうすれば、怒ることも憎むこと悲しむことも激減するだろうから・・

期待って・・

どうしてもしてしまうよな・・

特に結婚・・

これほど不確実な「儀式」はないのに・・

結婚するとき自分たちは不幸せになると思っている人は一人もいないだろう

結婚するときはお互いに幸せになれると必ず期待している

そしてその期待は結婚式の誓いの言葉のときに最高潮に達する

未来に幸せになれるなんて何の根拠もないにも関わらず・・

これが大問題なのではないか?(笑)

過剰に期待せず、

無私とか無心・・なんてできれば良いけど難しいよな・・


とりとめなく「期待」について思うまま書いてみました