許せないヤツへ・・非暴力、不服従 、そして水に流す

人は許せないと思う相手に「報復」したくなるもの


どなたかがコメントに書いておられたように

「絶対に詫びを入れさせる」

生身の人間である以上、そういう感情を持ってしまうことは

ある程度仕方のないことだと思う


でもそれをを実行することが問題の解決になるのかどうか・・

正にイスラエルパレスチナの問題が同じ構図ではなかろうか

いわゆる「憎しみの連鎖」である

これは悲劇だと思う


これ「報復」を起こさず、「憎しみの連鎖」を断ち切る方法はないものだろうか

イスラエルユダヤ人とパレスチナのアラブ人の「憎しみの連鎖」は数千年に及ぶ

人間とはこれほどまでに憎しみを捨てることができないものだろうか

今、イスラエルで起こっていることはとても悲しいことである

僕はそれを断ち切るための一つのヒントとして僕はあのマハトマガンジー

有名な言葉・・「非暴力、不服従」にあるのではないかと思う


「非暴力、不服従」のすごいところは、

これによって許せないことをした相手自らに自責の念を促してしまうことだ

 まったく何の手を下すこともなく・・・

僕もこのようになりたいと思っている

ただ、いかんせん身体が痛みや痺れで苦しいと

心までもが怒りと憎しみに蝕まれてしまう

そういう自分がイヤになってしまう


罪と罰と「許す」ということをを考えるとき

僕はこの歌を聞く

さだまさしの「償い」という歌だ




この歌詞の中の

「人間って哀しいね だってみんなやさしい  それが傷つけあって かばいあって・・・」

という部分がとても心にしみる

如何に人間が心の矛盾に満ちた生き物であるかを表現していると思うから・・

日本には憎しみの連鎖を断ち切る素晴らしい言葉がある

「水に流す」という・・

美しい水に満ちた日本だからできた言葉ではないだろうか

人間って難しいな

僕はいつも自分の心の矛盾に苦しんでいる

もう少し身体が楽だったら・・許すことができるかもしれないのに・・

身体の痛みが僕の心の痛みまでも増幅させてしまっているような気がする・・

それが悔しい