やりたい事(志)を見つけることが意欲の源泉であり、生きるため大切な柱

志は自分の人生のにとっての拠り所(自分の人生の柱)だと思うのです。

志からやる気と意欲が湧くのだと思います。

志とは簡単に言うと「自分が(どうしても)やりたいこと」で良いと思う。


それは「自分にできること」でなくても良いと思うのです。

そうではなく

「自分にはできないかもしれないけど」やりたい事で良いと思うのです。

やる気と意欲があるから

(自分の人生の柱)があるから

苦しいとき、悲しいとき、辛いとき、その志をしっかりと見つめ

自分で価値があると信じている行動(やるべきこと)があるから

不安に怯えたり、迷いに翻弄されることがなくなると思う

たとえそれが「今の自分にできない事」であっても「やる気」と「意欲」が

やれるようにするための道筋を作っていくのだと思うのです。

厳しい言葉のようですが

やりたい事が見つからない人に進むべき道はない

と思う

自分の中にやる気(意欲)を見つけたときに初めて進むべき道が定まると思うのです

だからこそ

生きる上で自分がやりたい事が見つけることが最も大切だ

と思うのです

とは言っても

現在の世の中で「やりたいことが見つからない」という人は

とても多いような気がします

僕が健常者の頃もその一人だったような気がします。


でも僕は障害を負うことによってはじめて

「やりたい事」を見つけることができたように思うのです。

志としての「やりたい事」というのはいわゆる「我欲」とは別物だと思うのです。

僕が「やりたい事」を見つけることができたきっかけは

障害を負うことによって

「人から助けられなければ生きられない人間」

になってしまったのではないかという

強烈な自暴自棄感からでした。

この先ずっと

「人から助けられなければ生きられない人間」なんかでいたくない

という強烈な気持ちです。

それは「たとえ障害者であっても人の役に立つ人間でありたい」というような気持ちでした。

「人の役に立つ人間」というと、とてもハードルが高く感じますが

そうではなく人から「ありがとう」と言われたいというような欲求だったように思います。

障害者になってしまったことによって

もう二度と人から「ありがとう」とか「助かったよ」と言われないんじゃないかという悲しい気持ち

それはいわゆる「社会からの疎外感」だったのかもしれません


そこから僕にとって「やりたい事」はまず「感謝される事」につながったように思います。

そして今度はこの半身不随の障害者でもできることは何かを考えるようになりました。

そこで見つけたのは

右手だけは健なので遅いけれどなんとかキーボードのタイピングだけはできる

それであればなんとかホームページプログラムも少しくらい作ることができる

というところからの「やりたい事探し」のスタートだったように思います。

そして見つけたのが環境技術デーベースサイトの製作でした。

当時鳩山首相が実現できそうにもない日本のCO2削減目標を

世界に公言してしまった時期でもありました。

そこで皆(日本のみんな)に今日本にどんな環境技術があるのか一目でわかるような

ウェブサイトを作れば「役に立つ」んじゃないかと思い立ったわけです。

「やりたい」と思い立ったらもう居ても立ってもいられなくなる性分だったので

(それを思いついたのはまだリハビリのための4か月の入院中だったのですが)

家内に頼んで病院にノートパソコンを持ってきてもら病院のベッドから

無線LAN(当時はまだWIFIとは言わなかった)でWEBサーバーにアクセスして製作した

のが下記のサイトです。

日本の環境技術
http://japan-eco.info/


これが障害者になってからの僕の新しい全てのスタートでした。


このサイトを製作がきっかけに僕は僕なりに現存するいろんな環境技術を調べ上げたのです。

それが今、実際に海外に日本の環境技術(特に今は再生可能エネルギー技術や水質浄化技術)

を紹介し、導入をサポートする活動できるまでになったのです。

僕にとって今、この活動は人生の柱(志)になりつつあります。

苦しいとき、不安になったとき、痛みと痺れにも呻いているとき

この志を思うことによって苦しさにも耐えることができ、

痛みと痺れにも(和らぐことはないですが)少なくとも耐えることができ

心の中に生きる意欲を湧き立たせてくれるのです。

この「意欲」こそが、今の僕がこの障害を背負いながらでも生きるために

最も大切なものだと思っています