障害は個性になんかならない

ある人から僕の事を
「あなたを障害者だとは思っていない 個性として捉えている 乙武さんのように、、乙武さんに比べたら軽いもんだよ、あなたの障害」

と言われた

障害が個性?そんな甘いものか?

それで、乙武さんの五体不満足という本を読んでみた

彼は自分の障害を「個性」として捉えるという

一瞬、すごい考え方だ

と思った

でも僕にはできない

と正直思った

乙武さんが自らの障害を「個性」と思えるのは多分 先天性の障害だからだろうと思った

彼には健常者の頃の自分の記憶はない
だから「元に戻りたい」とか
「当たり前にできていた・・が出来なくなってしまった」というような悔しい気持ちを持った事はないのではないだろうか

僕の場合、不自由の比較対象は周囲の健常者ではなく、「過去の健常だった頃の自分」との比較で悔しい思いをするのだが、彼にはそれは無いだろう

更に気が付いた事は本の中に障害による痛みや痺れの苦しみというような文字は一切出て来なかったことだ

僕は一日中24時間左半身に痺れと痛みを感じて苦しい。

見た目の障害の程度は彼の方が数倍、いや数十倍不自由な身体をしている

でも違うと感じた

(少なくとも本を読んだ限りでは)
彼には健常者の頃の記憶がない

だから「喪失」の苦しみはないように思える

更に痛みや痺れといった苦しみがないように思える

先天性の障害者と中途障害者

どちらが苦しいのだろうか
先天性の障害者の方の苦しみは

僕にはわからないから何とも言えないけど、

少なくとも僕には自分の負った障害を

「個性」と思えと言われても絶対に思えない

明らかに「障害」以外の何者でもない!
だって、それまで当たり前に出来ていた事が、ある日突然できなくなり
不自由で

不自由で

不自由で

たまらなく不自由で、

健常な頃の自分を思い出すと
悔しくて

悔しくて

悔しくて

たまらなく悔しくて

悲しい

そして24時間四六時中

痛くて

痛くて

たまらなく痛くて

痺れて苦しいのだから