志とは持ち続けることに意義があると思う

志とは人生の目標や希望とは全く違うと思う

志に達成などというものは必要ない

志・・「士(サムライ)」の「心」と書く

経済的成功や社会的成功を意味するものではないと思う

心の持ち方だと思う。

つまり結果ではなく「どう生きたか」が最も重要なのではないだろうか

人生の最期に人の道に外れずに志を貫き通すことができた

と思えたならそれでいいのではないだろうか。

障害者となってしまった今、特にそう思う。

この不自由な身体で、

毎日痛む、痺れる、心も凹むような状態で

大したこと(結果)ができるわけもない

それでもいい

自分で持った志は人が何と言おうと僕の志だ

どんなにちっぽけなものでも

人の道に外れない事で

この身体で精いっぱいできる事を

精一杯やれていれば、

たとえ結果がでなくても

それに僕自身が価値があると感じていれば

それは絶対的に僕の志だ

志は「心の持ち方」である限り、

何かを達成することが重要ではないと思う

価値があると信じできることをどんなに苦しくとも

やる続ける心を持ち続ける事に意義があると思う。

そう思っていないと

この障害の身体では世の中は達成できないことで溢れ返っている

だからぼくは「そういう志」を持ち、

今の僕にできることで価値があると思える事を粛々とやろうと思う。

先日「最後の忠臣蔵」という映画を観た

主人公(役所広司)は自分の信じた志を周囲からどんなに蔑まれても

自分が価値があると信じる限り最後まで貫いた

あれこそが本当の志だと思った。

本当の志を持つことができれば、結果などきっとどうでもよいのだ

だから僕も

今の障害のある僕にできることで価値があると思える事を粛々とやろうと思う。

そして、そのことに僕は価値を見い出したい

人から見れば滑稽に見えることでも自分の信じる事を貫き通そう

でなければこの身体生きるにはいつか心が折れてしまいそうだから・・